#30

――午前二時、ルイは軽墓がホテルのフロントに預けていた物を受け取り、クロエの指示通りに貿易会社アンナ·カレーニナの本社へと向かった。


彼女の持っていた社員証はまだ生きており、セキュリティを解除して正面から社内へと侵入。


それから軽墓から聞いていたガウリカとラチャナ子供たちが閉じ込められている部屋へと歩を進める。


以前に来ていたのもあって、ルイは本社内のことをわかっていたのもあり、何も問題はなく目的地へと進んでいく。


もちろん監視カメラは作動していたが、明日の朝には国外だ。


いくら犯人が自分だと国蝶こくちょう·たまきや灰寺に知られようが、そんなことは関係ない。


子供たちがいる部屋の近く、セキュリティがないフロアで在中している警備員の様子も横目で確認した。


その警備員は一人ソファーの上でだらしなく眠っていた。


よだれを垂らしながらいびきをいているその様は、普段からこうなのだろうと思わせる。


ルイはそんな男に拍子抜けしながら、子供たちのいる部屋へと辿り着く。


事前に受け取った物の中から、軽墓の作っていた鍵を使って扉を開け、子供たちの前に姿を現す。


「全員、わたしについてきて!」


ルイの姿を見て、ガウリカとラチャナの顔は明るくなっていたが、他の子供は眠たそうな顔を見上げてどうでもよさそうにまたベットで横になった。


それも当然だろう。


彼ら彼女らはそれぞれ事情が違えど、これまで暮らしていた場所から知らない国へ連れて来られたのだ。


どこへ逃げようと自分の帰るところなどないと、諦めてしまっていてもしょうがない。


しかし、それもクロエは計算済みだった。


軽墓がフロントに預けていた物の中には、クロエが彼に頼んでいた拳銃が入っていた。


ルイはそれを手に取り、銃口を子供たちへ向けて一緒に出るように脅迫する。


「ついて来ないならここで撃ち殺すよ!」


立場的に有利だというのにルイの必死の形相を見たせいか、子供たちはガウリカとラチャナに続いてルイと共に部屋を出た。


これがルイの二度目の救出だということもあったのだろう。


皆、不安そうにしていながらもどこか晴れやかな顔をしていた。


「ルイ……来てくれると思ってた」


「うん。ぜったい、ぜったいに来るって信じてた」


部屋を出た廊下で、ガウリカとラチャナはルイの身体に抱きつき、泣きながらそう言ってきた。


ルイはそんな二人の少女の頭を撫でてやると、笑みを浮かべて答える。


「二人とも、そう言ってくれてありがとね」


この世界には悪い人ばかりじゃない。


ちゃんと優しい人もいるって知ってもらいたい。


ルイはそう思いながらも目頭が熱くなっていくのを感じていた。


そんな少女二人を見て涙ぐんだ彼女に向かって、クロエが言う。


《涙はまだよ、ルイ。それは子供たちを無事に逃がしてからじゃなきゃ。お涙ちょうだいは後に取っておいて》


「う、うん……。そうだね」


ルイは顔を拭って声を出すと、ガウリカとラチャナが不思議そうに彼女の顔を見上げている。


まさか自分の脳にもう一つ人格があるとは説明できず、ルイは誤魔化しながらも子供たちと共に本社を出た。


ルイたちが外に出ると、まるでタイミングを見計らったかのようにマイクロバスが彼女たちの前に現れた。


運転しているのはもちろん軽墓だ。


ルイは彼に挨拶をすると、子供たちにバスに乗るように声をかけた。


十数名全員が乗ったことを確認すると、バスが出発。


現在地である六本木から首都高速道路へと入り、神奈川にある港を目指す。


高速道路を照らすオレンジ色のライトを浴びながら、ハンドル握る軽墓がルイに声をかける。


「どこがで一度高速を出たほうがいい。会社の連中がこのまま逃がしてくれるとは考えづらいからな」


軽墓は、次に高速道路の出口で一般道路へと下りると言い出した。


たしかに、ずいぶんとあっけなく子供たちを連れ出せたことは引っかかってはいたが。


ルイとしては、できるだけ早く目的地へ到着するほうがいいと考えていた。


彼女は脳内のクロエに相談する。


軽墓の言うことを聞くべきか、それともこのまま高速道路を進むべきかを。


《その男に従っていいんじゃないかしら。警備員のことを殺し忘れちゃったたしね》


まるで雨の日に傘でも忘れたかのような気軽さで答えたクロエ。


彼女なりの皮肉の入った冗談なのかもしれないが、当然ルイは笑えなかった。


だがクロエがいうのならばと、軽墓に進む方向に任す。


その後、ルイたちの乗ったマイクロバスはしばらく進み、高速道路を出た。


これから一般道路へ合流するために料金所へと走っていると、突然数台の車がバスを取り囲んできた。


急ブレーキを踏む軽墓。


その衝撃で、バス内にいた子供たちが互いにしがみつき合う。


「強引に行ってよ!」


「無理だ。こんだけ子供がきが乗ってんだぞ、こっちは」


ルイがぶつけてもいいから進めと言ったが、軽墓は重量的に速度が出せないため、どうせ捕まると答えた。


それでもルイがこの場から逃げろと言い続けていると、急停止したマイクロバスの前にある男が現れる。


「中にいるんだろ、緩爪ゆるづめくん!? 早く出てきてくれよ!」


そこには、声を張り上げながらも笑みを絶やさない――ルイの上司だった灰寺はいでら·しゅんが立っていた。

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