#29

その後、ようやくルイにもクロエが考えていた作戦の内容が聞かされた。


すでに軽墓かるはかには、子供たちの捕らえられている場所とそれらに必要な鍵を作らせている。


さらに彼が8t限定なしの中型免許を持っていたことで、クロエは移動用にマイクロバスを手配。


これで子供たちが三十人以上いても運べる手筈となっていた。


「すごい……。クロエはもちろんだけど、軽墓さんもいろいろできたんだね」


《そうじゃなければインドで殺してたわよ。使えない男ほどいらないものはないでしょう? 無能は死ぬしかない運命は、大昔から決まってるの》


「そういうアメリカンジョークって、笑えない……」


《イヤねぇ。あんな年中ショーツとTシャツでいるような連中と一緒にしないでよ。ハンバーガーとドーナツで肥えた頭で考えたものとは違って、ワタシのジョークはもっとウェットに富んだものなんだから》


さらっと物騒なことを言い、続けてきつい言葉を吐いたクロエにルイは呆れていたが、短時間でこれだけの準備をしていた彼女のことをさすがと思うしかない。


おそらくはインドで軽墓に何ができるかを訊き、クロエはこの作戦を考えたのだろう。


ろくに協力者もいない状態で、たった数日でここまでの段取りを考えられるのは彼女くらいなものだ。


しかし、軽墓がマイクロバスを運転するとなると、一体誰が本社に乗り込んで子供たちをバスまで連れて行くのか。


ルイの中ですでに答えは出ていたが、クロエにそのことを訊ねる。


「ねえ、クロエ。本社から子供たちを連れ出す役って――」


《もちろんワタシたちよ》


「やっぱり……」


当然そうなるよなとルイは俯いたが、これは自分がやるべきことだと気を引き締める。


大丈夫、何も問題はない。


もし子供たちを連れ出そうとしている最中に見つかり、取っ組み合いなっても、クロエが自分の身体を借りて戦えば十分に対処できると、ルイは覚悟を決めた。


作戦の決行は深夜だ。


軽墓には事前に伝えているので、時間になればアンナ·カレーニナ本社前にマイクロバスに乗って現れる。


社内のセキュリティに関しても、ルイの持つ社員証または軽墓から手に入れたもので解除できる。


後は社内にいるであろう警備員をやり過ごして、子供たちを連れて逃げるだけだ。


「その後はどうなるの? 子供たち……みんな帰るとこないと思うんだけど?」


《気が早いわね、ルイ。もう成功したつもりだなんて》


「からかわないでよ。それよりもその後のことは?」


《後のことも問題はないわ。とりあえず日本から脱出したら、ワタシの友人に預けるから》


データ化した人格を持つコンピューターであるクロエに友人などいるのか。


ルイはそんな疑問が浮かんだが、クロエはそんな彼女の心を見透かして説明を始めた。


なんでもクロエ(コンピューター)に自分の人格をコピーした科学者は、かなり顔が広かったようで、そのコネクションを使えば子供たちは保護してもらえるようだ。


助け出した子供たちは、そのクロエが友人という公益社団法人のもとに渡すことになっている。


クロエがいうにその公益社団法人は、国際連合にも公式に承認された信用できる団体らしい。


日本ではあまり馴染みがないが、海外では慈善事業が富裕層のステータスのようなもので、クロエを作った科学者はそういう方面の団体とも関わっていたという。


「へー、クロエを作った人ってボランティアとかやっていた人だったんだ。それにしてもよく考えたね、そんなこと」


《偶然よ、偶然。自分の元になった人間のことなら、誰でも調べたくなるものでしょう? たまたま調べてみたらそういう繋がりがあったってわけ》


クロエがどうでもよさそうに答えると、ルイは再び同じことを思う。


この短く切迫した中で、よくそこまで余裕があったなと。


軽墓の能力を把握し、犯罪組織の内部を調べ上げ、さらにはルイの生活のことも考えながらもこの手腕。


昨夜はいろいろあったが、クロエの言う通りにして本当によかった。


これなら――彼女ならば子供たちを救えると、思わず笑みが浮かび、拳にも力が入る。


「よし! やろうよクロエ! 絶対に子供たちを救おう!」


《ええ、もちろんよ。アナタとワタシで、必ずこの作戦を成功させましょう》

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