#28
たしかに、と、ルイは思った。
自分がどうしてそんなことを訊いてしまったのか。
こんなことを訊ねてしまうから知らず知らずのうちに犯罪組織に入ってしまうのだと、思わず自嘲する。
「ホントだ……。バカだよね、わたし……。騙されてもしょうがないよ……。こんなんじゃ……」
ハハハと乾いた笑みを浮かべたルイ。
そういって肩を落とした彼女に、クロエが言う。
《そうね。だけど、そんなルイだからこそ、ワタシはアナタが好きになった……》
「クロエ……」
《でも、自分のことを信じてなんて口にする奴もバカよね。ワタシもルイのことは言えないわ》
「そうかも……」
ルイのクロエに対する疑念が消えていく。
いや正確には消えたというよりは、彼女になら騙されてもいいと思うようになっていた。
どうせ自分のような頭の悪い人間は、他人に利用されながら生きていくのだ。
だったら、自分のことを嘘でも好きだと言ってくれる相手がいい。
自分のしようとしていることに協力してくれる人間がいいと、ルイは胸が熱くなっていくの感じていた。
(まあ、その相手は人間じゃないけど……)
何の因果でデータ化した人格が、自分の脳みそに住み着いてしまったのかはわからないが。
ルイは、改めてクロエを受け入れることを決める。
もし身体が乗っ取られてしまっても、これから売られてしまうガウリカとラチャナら子供たちは救えるはずだ。
そう、それでいいのだ。
会社のしていたことを知ってから、自分はもう捨て鉢になっていた。
そんな自分に手を差し伸べてくれたのがクロエだ。
彼女と出会わなければ、こうやって日本に戻って来ることもできなかっただろう。
たとえそれが、何か良くない意図があったとしても。
「ごめんね、クロエ。今さらだけどわたし……あなたを信じる」
《そう言ってくれると思ったわ。やりましょう、ルイ。“ワタシたち”で子供たちを救うのよ》
クロエと話し合ったルイは、その後、大人しくホテルに残った。
そして、彼女に言われた通りに野菜中心の食事を済ませ、ゆっくりと湯船で体を休めてベットに入った。
それから八時間後に目を覚まし、貿易会社アンナ·カレーニナが主催する人間オークションが明日へと迫る。
《おはようルイ。朝食は作っておいたわよ》
どうやらルイが眠っている間に、クロエが朝食を用意してくれたようだ。
データ化した人格のコンピューターであるクロエには、特に睡眠の必要ないようで、彼女が睡眠中にいろいろと作業していたと言う。
それでも身体には気を遣って、あまり無理はせずゆっくりとはしていたらしい。
「これだけ……?」
クロエが用意した食事とはグリーンスムージーだった。
ルイはどう見ても青汁にしか見えないせいか、その顔をしかめている。
そのときの彼女の顔は、せっかく自炊ができるバックパッカーのためのホテルなのだから、まともな食事を取りたかったとでも言いたそうだ。
《そうよ。グリーンスムージーはもっとも効率的に野菜とフルーツが摂取できる食事なの。世界中のセレブの朝はこれから始まるといっても過言ではないわ》
「いや、だからなんでそこでセレブなんだよ……。わたしは庶民なのに……」
ブツブツと文句を言いながらも、ルイはグリーンスムージーに口をつける。
味は悪くない。
思っていたようなドロッとしたものではなく、フルーツの甘みが口に広がる。
生の葉野菜と果物と水分をミキサーで混ぜ合わせたものというと野菜ジュースだと思う人も多いと思うが、グリーンスムージーと野菜ジュースは厳密にいうと違うものだ。
野菜ジュースは、野菜や果物をジューサーにかけて繊維質を取り除いているため、グリーンスムージーのあのドロッとした感じではなく、比較的さらっとした飲みごたえになる。
想像以上に美味しかったのだが、やはり普通に白米や食パンを食べたいと思っているルイに、クロエが声をかける。
《さあ、今日は忙しくなるわよ。なんていったって、世界中にマーケットを広げている犯罪組織を潰そうというんだからね》
「だからこそ炭水化物と肉で英気を養いたいとこなんだけどなぁ……」
《あら? 栄養バランスには何も問題ないはずよ。それに前にも言ったけど、アナタは糖質と油を取り過ぎて――》
「もういいです……」
愚痴を言ったルイだったが。
再び彼女がいかに不摂生をしていたかを説明しようとしたクロエの言葉を遮って、渋々グリーンスムージーを飲み干し、寝間着から着替えた。
《ほらルイ。顔もちゃんと洗いなさい。それと歯磨きも忘れずにね。あとアナタいつもノーメイクでしょう。それでよく貿易会社の営業なんてやってたわね。今日からはしっかりとメイクアップしなさい》
「お母さんというか教育係みたいになってきたな……。もうイヤ……」
クロエはそんなうんざりしたルイの姿を見て、嬉しそうに小言を続けた。
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