#27
――その後にルイはホテルに戻り、
インドでもお披露目会に参加していた富豪たちはすでに日本に来ており、各自当日まで観光を楽しんでいるらしい。
他にもかなりのブルジョワ層が集まるらしく、これはかなり大規模なパーティーになると予想される。
そんな世界中からやって来た金持ちたちを満足させるために、貿易会社アンナ·カレーニナの会長である
当日の富豪たちをヘリコプターで会場へと案内し、午後六時開場でオークションが始まるのは午後七時以降になる流れ。
空き時間に一時間ほどあるが、集めた客に食事でも振舞うのだろう。
その会場で子供を売り買いしようというのに、まるでオペラを観にいく貴族向けのためのタイムスケジュールだ。
スマートフォンの画面に映る文字を見ながらルイの表情が強張る。
そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、ガウリカとラチャナの顔だった。
きっと今頃二人は、貿易会社アンナ·カレーニナ本社のどこかに閉じ込められ、その身を震わせているに違いない。
ルイはそう思うと、じっとしていられなくなった。
《ちょっとルイ。どうするつもり?》
突然立ち上がったルイに、クロエが脳内から声をかけた。
そんなこと、口にしなくてわかっているだろうといわんばかりに、ルイは部屋を出ていこうする。
すると、急に足が止まってしまった。
いや、足だけではない。
手も首も何ひとつ自分の意志で動かせなくなる。
《今アナタが本社に行っても子供たちは救えないわ》
身体の動きを止めたのはクロエだ。
許可がなければ身体の主導権は移せないはずなのに、それがどうして――。
内心で慌てるルイに、クロエは話を続けた。
貿易会社アンナ·カレーニナの連中は、まさかルイが日本に戻ってきているとは思ってはいない。
それは軽墓から聞いているので間違いない。
軽墓からは、灰寺や国蝶が、ルイが会社を裏切ったことを、酷く残念に思っているという報告があった。
敵はまだルイが、インドのニューデリーで
そのことを上手く利用して、連中を出し抜こうというのに、ルイが本社に姿を現したら計画が水の泡になってしまう。
《ここは堪えて。大丈夫、必ず子供たちは救い出すから。ワタシを信じてちょうだい》
クロエはそう言うが、ルイの彼女への不信感は
そもそも今している――身体の動きを止められることを、彼女は黙っていたのだ。
最初のときよりも、明らかにクロエのほうが自分の身体を支配し始めている。
まさか、いつか身体を乗っ取るつもりかと、ルイは唯一自由に動かせた表情で訴えた。
狭いホテルの部屋の扉を睨み付けながら。
《そんな顔しないでよ。アナタにいろいろと伝えていなかったことは謝るから》
脳内では、しおらしい態度のクロエの声が聞こえる
ルイはそんな彼女に恐怖を覚える。
あのとき――追いかけられていた自分が頼れたのはクロエだけだった。
戸惑い、これは現実かと信じられないことも多かったが、ルイはクロエのことが好きになっていた。
だが、やはりこの人間の人格を持っているという人工知能を、起こしてはいけなかったのかもしれない。
食事制限をするように言われたときは、ふざけて思っていたことだったが。
ルイは改めて考える。
禁忌、タブー、パンドラの箱。
今の彼女にとって、クロエはそれら言葉と同列になりつつあった。
《ルイ、信じて。ワタシはアナタのことが好きなの。大袈裟にいえば愛してる。けして今アナタが考えてることなんてしないわ。今のワタシの目的は、アナタの願いを叶えてあげることだけなのよ》
脳内にクロエが早口で言葉を流す。
《もし身体を奪うことか目的だったら、わざわざこんな話なんてしないわ。まだほんの数日しか経っていないけれど。ワタシはアナタと一緒にいたいと思っている。それだけは本当よ》
「信じていいの……?」
《もちろんよ。アナタも感じているはずでしょう。ワタシがアナタを騙そうとしているのなら、脳からそれとなく伝わるはず。同じ脳を共有しているワタシたちの間では、嘘は絶対につけないわ》
いつになく――ではない。
クロエにしてはかなり必死に信じてもらおうとしている。
ルイはどうしていいかわからず、ただ黙っているしかできなかった。
しかし、どうしてだか、急にクロエが笑い出した。
普段のようにクスクスと上品に。
「……何がおかしいの?」
《だってルイったら、信じていいのって訊くの変でしょう。疑っている相手にいう台詞じゃないわよ》
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