#26
急かす
オークションの詳しい内容を、後で自分のスマートフォンに送るように伝えろと。
ルイは言われた通りに、軽墓に言うと彼は強張っていた表情をさらにしかめる。
「そんなことで呼び出したのか? それくらいなら、いつもしてる連絡でできるだろ」
貧乏ゆすりしながらアイスコーヒーを飲み干した軽墓は、テーブルに金を置くと、席から立ち上がってカフェを出ていく。
クロエはルイに身体の主導権を譲るように言って彼女と入れ替わると、去って行った軽墓の背中に声をかける。
「アナタに見せたかったのよ。どう今日のワタシ? イメチェンしてみたんだけど」
そう言いながらバッサリと切った髪に手を振れ、軽墓に微笑んで見せるクロエ。
軽墓は一度振り返ると、何も言わずに今度こそ店を出ていく。
ルイが注文したコーラを運んできた店員が、そんな二人のやりとりを見て困惑していた。
別れ話でも切り出されたのかと、気まずそうに運んできたコーラをテーブルに置き、店員はごゆっくりどうぞと言って早足で去って行く。
ルイにはクロエの意図がわからなかった。
先ほど軽墓が言ったように、明後日のオークションの内容ならスマートフォンで送れるはずだ。
わざわざ顔を合わせる必要などない。
まさか本当に髪を切った姿を見せたかっただけなのかと、目の前にあるコーラの入ったグラスを見つめている。
「さて、じゃあ何か食べましょうか」
クロエはそういうと、店員を呼び出して豆とアボカドのサラダとベジタブルサンドイッチを注文した。
そんな彼女に、ルイが脳内から声をかける。
《ねえ、クロエ。あれでよかったの?》
「あら? 野菜は嫌いだった? ごめんなさいね、勝手に注文しちゃって。でもルイ、アナタはもう少し糖質と油を控えたほうがいいわよ。まだ若いからって油断していたらダメ」
《じゃなくて! あの人、軽墓さんのことだよぉ》
訊ねられたクロエは、「あぁ」とどうでもよさそうに答えると、何も心配はいらないと笑う。
どうやら彼女は、軽墓を直接あって確かめたいことがあったようだ。
だがその確かめたいことを、今のルイが知る必要はないと言葉を続けた。
当然納得がいかないルイだったが、クロエに何か考えがあると思い、それ以上の追及するのを止める。
頼れるのはクロエだけなのだと、ルイは悩みながらも自分にそう言い聞かせる。
そして、気が付くと身体の主導権が戻っていた。
「豆とアボカドのサラダとベジタブルサンドイッチになります」
店員が料理をテーブルに運んできた。
ルイは内心に不安から食欲がなくなっていたが、クロエは早く食べるように言う。
《さあ、ルイ。食事よ。早く食べて準備に取り掛かりましょう》
「う、うん……。でも、本当は肉が食べたかったなぁ……」
《もう、さっき言ったでしょう? アナタはコレステロール値が標準よりも高いんだから、気を付けないとって。そうだ。今夜にでも『スーパーサイズ·ミー』を観ましょう。あの映画を観れば、いかに偏った食生活が危険かがわかるわよ》
「それってドキュメンタリーみたいなやつ? あまり観たくない映画だね……」
ルイは顔をしかめながらも豆とアボガドを口へと運んだ。
クロエとしてはこれからの食事は、新鮮なオーガニック野菜や穀物、豆類など主食に、少量の赤肉やチキン、新鮮な魚などをバランスよく摂取しようと考えているようだ。
《あと食品禁止リストも作らなきゃね。白砂糖、カフェイン、小麦粉、添加物、他に乳製品と炭水化物も控えたほうがいいわね》
「お米もダメなの?」
《もちろんダメよ。ルイにはこれから健康になってもらわないとね。そうしないと、身体を共有するワタシまで困っちゃうわ》
ルイはクロエとの共存生活に苦はなかったのだが。
食事制限をされることには耐えられそうにないと、ガクッと肩を落とす。
「わたし……別にモデルでもなんでもないんだけど……」
《モデルじゃなくたって世界のセレブたちは当たり前にやっているわよ。美の秘訣はヘルシー食生活からってね》
「いや、わたしはセレブでもなんでもないんだけど……」
《これからなるのよ。子供たちを助けて、貿易会社アンナ·カレーニナを倒した後にね》
クロエには今後のプランが山のようにあるようで、ルイは今さらながら、とんでもない怪物を起こしてしまったと後悔した。
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