#33
――その後、貿易会社アンナ·カレーニナ主催のオークションは開かれた。
ガウリカとラチャナ――各国から集められた子供たちは皆、どこぞの富裕層らに売られていき、パーティーは大成功で幕を閉じる。
今回の大規模な仕事は成功した。
だが、国蝶の顔はどこか冴えなかった。
その理由は、
まさか自分を裏切った
あの娘は、余程子供たちを助けたかったのか。
やはりあの娘は我が子によく似ている――。
国蝶はオークションの後始末を終えてから、灰寺に任せているビルへと向かう途中の車内で、ルイに思いを馳せていた。
突然会長である国蝶が現れたことで、灰寺のビルにいた社員たちが一斉に彼女に向かって頭を下げた。
当然灰寺はデスクから立ち上がって、国蝶に一礼すると彼女は、あれからこのビルで
灰寺は浮かない表情をすると、ルイのいる部屋へと国蝶を案内した。
そして、その部屋に入ると、あのときの――クルーザーのときの姿のままの彼女が、壁に寄りかかったまま俯いている。
「あれからまる三日、何も口にしていません。いろいろとやってはみたのですが……」
灰寺は国蝶へ、軽墓が殺されてからのことを詳細に説明した。
今回のことはすべて不問とし、再びうちで働けるように会長である国蝶が取り計らってくれたこと。
むしろ
「二人きりにさせろ」
「はッ」
国蝶は灰寺や部下たちに下がるように言うと、ルイのために用意した食事を持って部屋の中へと歩を進める。
目の焦点が合わず、だらしなく口を開いている彼女の前に、パンとスープの乗ったトレーを置く。
すると、今頃国蝶に気が付いたのか、ルイの表情が強張った。
開いていた口を閉じて目を逸らす彼女に、国蝶はスプーンですくったスープを無理やり飲まそうとする。
ルイは強引に口の中にスープを入れられ、国蝶の手を払いのけるとゴホゴホと咳き込んだ。
部屋には彼女の咳き込む声と、スプーンが転がった音だけが鳴っている。
しばらくの間、苦しそうに顔を逸らしたルイの背中を、国蝶は優しく撫でていた。
それでもルイは何も答えない。
さっさと殺せとでも言いたそうに、呻きながら顔をしかめているだけだ。
そんな敵意剥き出しのルイに、国蝶はそっと声をかける。
「ルイ、お前のペースでいい。ゆっくり食べろ」
そう言われ、顔をしかめながら国蝶のことを見たルイ。
だが、国蝶はそんな彼女の両目を見つめながらスープの入った器を差し出し、そしてコクッと頷いた。
「うぅ……。うわぁぁぁん!」
ルイは突然泣き出した。
まるで溜まった水を吐き出すダムのように、物凄い勢いで涙を流して声をあげていた。
国蝶はスープの入った容器を床に置くと、そんなルイの身体をそっと抱きしめるのだった。
――それから数ヶ月後。
ルイは、国蝶の家で彼女の秘書として働いていた。
仕事以外でも国蝶と寝食を共にし、これまでいた家政婦の代わりに彼女の身の回りの世話をこなしていた。
「会長、コーヒーが入りました」
ソファーに座り、部屋着のままの国蝶へ朝食後のコーヒーを差し出すルイ。
その化粧すらしていない顔の国蝶を見るに、彼女がどれだけルイに気を許しているのかがわかる。
「砂糖とミルクをお持ちしましょうか?」
「いや、いい。それよりもお前。語学は得意だったよな」
「はい、英語と北京語。あとはヒンディー語と、最近ですがスペイン語を覚えました」
「なら、次のオークションはお前が回せ。灰寺には私から伝えておく」
「はい」
明るく覇気のある声で答えたルイに、国蝶は微笑んで見せる。
そのときの彼女の表情は、会社で部下たちに見せるものとは違っていた。
幸福をかみしめるような満たされた顔――。
それはいくら仕事のためだったとはいえ、自分の手で娘を殺したことを、償えている感覚があるのだろうと思わせる。
だが、それだけはない。
実際に、ルイは貿易会社アンナ·カレーニナになくてはならない人材となっていた。
通訳はもちろんのこと、元々努力家だったこともあって、ルイは社内でメキメキと頭角を現していったのだ。
最初こそ彼女が会社に戻ったことに、文句を口にする社員も多かったが。
今では誰もそんなことを言わない。
ルイが会社を裏切ったことなど、もはやなかったことになっているくらいだった。
「ルイ……」
「はい?」
「私は……お前と会えてよかったよ」
「そ、そんなぁ。わたしのほうこそ、こんなに目をかけてくださって、会長にはいくら感謝しても足りないくらいです」
照れながらも
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