#34
国蝶がルイに任せた仕事とは、本社で行われるオークション――人身売買だった。
貿易会社アンナ·カレーニナにとっては、社運と顧客の信用がかかった重要なイベントである。
これまではずっと灰寺が取り仕切っていたが、今回は国蝶の一存で、ルイが仕事を回すことになった。
彼女は、今まで灰寺がやっていたように世界へと飛び回り、オークションの出展品である多くの子供たちを手に入れる。
その規模はアジアから始まり、ヨーロッパに中東――。
さらには、これまで灰寺が手を出さなかったアメリカやオセアニアにも広げ、その結果として、ルイはこれまでで最大の利益を会社にもたらせることに成功する。
オークションで得た金額は、日本円にして合計で二億二千万円。
灰寺が仕切っていたときの売上が平均額が七千万円だったの対し、一億五千万円も上がりが高い。
「競りは今後ルイに任せる。誰も文句はないな」
その後の会議で、今後ともルイが人間オークションを仕切ることに決定された。
国蝶の言葉に社員の誰も反論しなかった。
結果を見れば当然のことだ。
ルイが会長に
社員の間ではすでに、ルイが国蝶の養子となって次の会長になるとさえ噂されていた。
「すっかり娘同然だねぇ」
オークション終了から数日後。
ルイは灰寺に飲みに誘われた。
かつてルイの入社時の面接をし、上司だった灰寺ではあるが、今ではもう彼女のほうが立場が上になっていた。
灰寺がよく行くという西麻布のフレンチレストランで食事をしながら、彼とルイは久しぶり二人っきりで会話をする。
「いえ、そんなんじゃなくて……。なんとうかプレッシャーが凄いというか……」
「それだけ
そう言いながらいつになく雑な振る舞いで、頼んだ鹿肉のコケモモソース添えを食べていく灰寺。
普段の優雅な仕草の彼からは想像もできない食べ方を見て、ルイは思わず顔をしかめていた。
まあ、灰寺がそういう態度になるのも無理はない。
彼はこれまで誰よりも国蝶に尽くしてきた男だ。
それが、入社して一年も経っていないような新米社員に立場を追い越されたのだから、面白いはずがない。
「君が来てからねぇ。会長は変わったんだよ、本当に……。表情も態度も柔らかくなって……なんかこう、微笑ましくなったっていうかさ」
灰寺はそう言うと、シャンパンの入ったグラスを一気に飲み干した。
ルイはすぐに置いてあったシャンパンの瓶を手に取り、空になった彼のグラスに注ぐ。
「そうですか? それでもたまに凄く怒られますよ。寝ぐせが直ってないぞとか、ワイシャツにアイロンはかけているのかとか……」
「そりゃご褒美だよ。会長は社員に向かって、いちいちそんなこと言わない」
なみなみと注がれたシャンパンを再びグイッと飲んだ灰寺の顔が、次第に赤くなっていく。
灰寺は国蝶のことをかなり慕っているのだろう。
ルイが彼女に母親のように叱られるのを想像しているのか、真っ赤になった顔は少し嫉妬していそうだった。
再び空になったグラスに、ルイがシャンパンを注ごうとすると、灰寺は自分で瓶をとってそのままラッパ飲みを始める。
その姿は少し
こういう格式張った店では明らかにマナー違反な態度だったが、灰寺は常連客というのもあり。二人がいるテーブルの横を通り過ぎても、店員が彼のことを一瞥するくらいで注意すらしない。
「会長はねぇ。元々普通の一般人だったんだよ。それが親父に
昔話に花を咲かせながら、灰寺のシャンパンを飲むペースは上がり続けた。
ルイはそんな彼を見て顔を引きつらせながら、ただ話を聞いているだけだった。
「そんな母親の気持ちも努力も知らない娘には裏切られ、落とし前をつけるために殺してしまって……。わかるかい? 自分の娘を殺さなきゃいけないって気持ちがさ」
「は、はぁ……」
公の場でそんな話をしていいのかとルイは思ったが、何を言っても止まりそうにないので黙っていた。
「それでも会長は負けなかった。これまでずっと一人で頑張って来られたんだ。さぞ孤独だったろうなぁ……」
「灰寺さん、ちょっと飲み過ぎですよ」
「いいんだよ、今日くらい……。今日……くらいはさ……」
灰寺は心配するルイにそう返事をすると、店員に声をかけて同じものを注文。
そして、また豪快に高級なシャンパンの瓶に口をつけ、一気に飲み干していく。
「社内じゃさぁ。僕が緩爪くんに立場を奪われたって言われてるけど。それが会長のお望みなら、僕は君の下につくことになっても本望だよ」
「そんなの噂ですよ。まだまだ灰寺さんには敵いませんって」
「正直いえば気に入らないよぉ。でもさ、あの人が……会長がそう決めたんなら……僕はそれに従うだけさぁ……」
店に入ってから数分足らずで酔いつぶれた灰寺は、その後も何度も同じ話を、ルイにし続けたのだった。
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