#9
その後、イベント会場には人が集まってきていた。
会場には一人用のソファーがいくつもあり、男女がそれぞれ座り始めている。
白人、黒人、東洋人など人種こそバラバラだが、その誰もが裕福そうなのは共通していた。
そんな彼ら彼女らに、正装をした係の者が高そうなお酒を振舞っている。
ルイはその様子を端から見ながら、またも違和感を覚える。
どうして会場内が薄暗いのか。
どうして集まった人たちが舞台のほうを向けるようにソファーが設置されているのか。
これではまるで見世物でもやるみたいじゃないかと、彼女の内心では、このイベントに対する疑念が生まれ始めていた。
「レディース アンド ジェントルメン! ウェルカム トゥ ザ ダンスショー!」
会場に設置されたスピーカから女性の声が聞こえると、舞台にスポットライトが照らされた。
舞台にスーツ姿の品の良さそうな女性が立っていて、マイク片手に集まってきた富裕層らに笑みを振りまいている。
ルイは女性に観の覚えがあった。
その女性は、日本での打ち合わせのときにいたアンナ·カレーニナの社員だ。
ウェルカム トゥ ザ ダンスショーという言葉に。
このイベントは、事情があって家族と暮らせない子供たちの里親を探すものではなかったのか。
まさかガウリカやラチャナ、他の子供たちを舞台の上で踊らせるのか。
そんなこと打ち合わせでは話していなかったと、ルイは無意識に歯を食い縛り、手を力強く握って拳を作っていた。
「イッツ ショータイム!」
女性が声を張り上げると、舞台袖から一人の少女が現れた。
少女は怖がりながらも舞台の前へと出て行き、引き
「エントリーナンバーワン、プリティカ! トウェルブ イヤーズ オールド! フロム ネパール!」
続く女性の言葉に合わせるように、プリティカと呼ばれた十二歳の少女はくるりと回った。
それはまるで彼女の全身を、集まっていた富裕層らに見せるためのさせているようだった。
そして、再び前を向いて一礼をし、震える体を必死で押さえるようにしながらもニッコリと笑う。
それを見ていたルイは、堪らずその場から立ち去る。
ズカズカと乱暴な足取りで、上司である灰寺がいる舞台裏へと向かう。
「こんなの……こんなのって……おかしいッ!」
舞台裏へと入ったルイは、灰寺を見つけると彼に向かって怒鳴り上げた。
このイベントは何なのだと、灰寺が自分の上司であることも忘れて感情的になる。
「こんなのまるでショーケースイベントじゃないですか!? このイベントは顔合わせするためのもので、あの子たちの里親を探すためじゃなかったんですか!?」
ルイに怒鳴られた灰寺は、「ふぅ」とため息をついた。
彼は何を今さらとでも言いたそうな顔をし、喰って掛かってきたルイの胸元を掴んで強引に壁に叩きつける。
すると、先ほどの勢いはどこへやら。
ルイは、灰寺が普段はヘラヘラとしているギャップもあってか、腕力で押さえつけられたことで完全に怯えてしまう。
そんな彼女に灰寺が言う。
「僕らがやっていることは慈善事業ではないんだよ、
口調こそいつも通りだが、灰寺の目は笑っていなかった。
まるでデモ活動で行進する人間を制圧する警備員のように、鋭い目つきでルイのことを見つめている。
「これはビジネスだ。うちの会社には世界中に顧客がいるのは知っているだろう? そんなお客様のニーズに応えているんだよ」
「で、でも、そんなのって……」
「じゃあなにか? 君が仲良くなった子たちがあの村で捨てられてればよかったのか? 山に捨てられて死ぬよりは、金持ちに買われたほうがマシだと僕は思うけどね」
金持ちに買われる。
灰寺はついにその言葉を口にした。
会場に入ってからルイも薄々は感じ取っていた。
自分の勤める貿易会社アンナ·カレーニナが、まさか人身売買をしているのではないかと。
だが、彼女は信じたくなかった。
せっかくまともな生活を手に入れ、やりがいのある仕事に就けた彼女は、違和感を覚えながらもずっとその考えを頭の中から消そうとしていた。
しかし、灰寺ははっきりと、子供たちは金持ちに買われると口にしたのである。
その言葉を聞いたルイは、全身から力が抜けていく。
もう声を張り上げる気力もなくなり、肩を落として俯く。
そんなルイを見た灰寺は、彼女から手を離すと仕事に戻るように言った。
再びイベント会場へと戻ったルイは、灰寺に言われた通り仕事をついた。
その表情はいつも彼女とは思えないほど覇気がなかったが、それでも声をかけてきた富裕層らの質問に答え、粛々と役割をこなす。
その間にも、舞台には次々と子供たちが現れては品定めされてステージを後にしていった。
当然ルイがここへ連れてきた少女二人――ガウリカとラチャナも出ていたが、ルイは舞台から目をそらして見ないようにする。
二人がステージでスポットライトに当てられたとき、ルイはできる限り彼女から自分が見えない位置へと移動し、何事もなかった――自分は二人のことなど知らないとでもいうような態度でいた。
そして、貿易会社アンナ·カレーニナ主催のイベントという名の商品お披露目会は終わった。
誰もいなくなった会場で、ルイが独り舞台を眺めていると、彼女の後ろから灰寺が声をかけてくる。
「怒鳴り込んで来たときはどうなるかと思ったけど、よくやってくれたね」
声をかけられたルイは、その生気の抜けた顔を灰寺へと向ける。
ヘラヘラとした笑みを浮かべたいつも通りの彼を見ると、自分もこうならねばいけないのかと思い、胸が痛み出す。
「そんな怖い顔してちゃダメだよ。ほら、笑って笑って」
元気づけようとしているのか。
灰寺はルイに向かっておどけて見せるが、彼女の表情に変化はなかった。
笑えない。
こんなことに自分が関わっていたと思うと、ルイは罪悪感に押し潰されそうになっていた。
そんな俯いたルイに、灰寺は話を始める。
「最初は誰だって君みたいになる。でも、そのうちに慣れるさ」
そう話し出した灰寺は、笑顔で言葉を続けた。
これまでも今のルイのように、自分に喰って掛かってきた人間は多くいたが、結局は皆仕事を続けることを選んだ。
なぜならば、このホテルで何が起きていたのかを知っているということは、それを知る人間もまた共犯者なのだから。
もし警察にでも訴えようものならば、それを知らせた本人もまた、人身売買をしていた会社の人間として法に裁かれる。
多少は罪が軽くなるとしても、正義のために動けば前科者になる。
いくら罪を暴こうが紛れもなく共犯者。
知らなかったで済んだら警察はいらないのだ。
灰寺は会社の事実を知り、人身売買に嫌悪感を持った人間たちに対して、この話を必ずした。
それは、彼なりの遠回しの脅迫だった。
誰かに話せば、お前も同罪――犯罪者だという警告。
一度刑務所に入れば、いくら若くとも人生をやり直すことは難しい。
それにこの世界は、前科者が立ち直れるようなシステムができていない。
ましてや子供の人身売買など、自分の利益のために人の尊厳を傷つけ、人間を物扱いするような犯罪行為だ。
万引きや強盗とはわけが違う、性根が腐った人間として世間から見られるようになるだろう。
これはいわば、この会社の通過儀礼。
誰でもこう言われては働き続けるしかないだろうと、灰寺はルイに向かって微笑む。
「なあ、
「そうかもしれません……」
力なく答えたルイ。
灰寺はそんな彼女を見てため息をつくと、その場から立ち去っていく。
明日には日本へ子供たちを連れていくのだからと、背中を向けたまま早く眠るように言いながら。
「そうかもしれない……。だけど……わたしは……ッ!」
独り会場に残されたルイは、顔を思いっきりしかめながら、そう呟いた。
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