#6

野生動物の鳴き声の震えながら、ルイを乗せた大型トラックは目的地へと辿り着く。


そこは小さな村だった。


人よりも畑が目に入り、遠くにだが雪山が見える。


ウジャウジャと人でごった返しているニューデリーの街並みと比べると、静かところだ。


「やっと着いたね。さあ、ここからが僕らの仕事だよ」


灰寺はそういうとトラックから降りた。


彼が降りると、運転席と助手席にいた刺青だらけの男たちも続く。


ルイはこんな小さな農村に、運ぶような商品などあるのかと思いながらも、彼らの後を追った。


車内から出ると、照りつける陽射しがルイたちに降り注ぐ。


皮膚から汗が一気に吹き出し、ルイの腰まである伸びっぱなしの髪が、彼女の顔や体に貼りついていた。


ルイはそのウザったさに、髪くらい切っておけばよかったと、自分のルーズさに嘆く。


舌を出しながらルイがだらしなく俯いていると、灰寺たちは誰かと話をしていた。


この農村の住民だろうか。


歯こそところどころ抜けているが、若そうな男女――おそらく夫婦。


この二人が今回の商談相手なのかと、ルイは不可解に思っていた。


彼女が打ち合わせで聞いていた話では、各国の富裕層が集まるイベントやパーティーに出すもので、それらの受け取りと、あと現地でも調達するのだと聞いていたのだが。


何か違和感を覚えたルイに、灰寺が声をかける。


緩爪ゆるづめくん、ちょっといいかな」


ルイは上司に返事をして前に出ると、歯の抜けた夫婦が丁寧に頭を下げてきた。


彼女が二人に頭を下げ返すと、灰寺に行こうと言われ、夫婦の後についていく。


運転手と助手席にいた刺青の男たちが、トラックの前から動かないところを見るに、どうやら商品の確認は、ルイと灰寺でやるようだ。


「君は子供は好きかな?」


「へッ? いやまあ、好きですけど?」


「だと思ったよ。じゃあ、任せても大丈夫そうだ」


灰寺のよくわからない質問に、ルイが困惑していると、夫婦が小屋のような建物前で足を止めた。


二人がルイと灰寺のほうを振り返ると、「さあ、どうぞ」とばかりに手を小屋のほうへと伸ばす。


家に招待してくれた――というよりは、ここに今回の取り引きの商品があるということだろう。


ルイはボロボロの小屋に灰寺と共に入ると、そこには子供が二人立っていた。


二人とも、まだ幼い少女だ。


夫婦の子供かと、ルイが少女たちに会釈えしゃくすると、二人は表情を強張らせて、互いにギュッと手を繋ぐ。


いきなり知らない人――それも他国の人間が家に来たから驚いているのだろうと、ルイは二人を安心させようと微笑みを返す。


それからルイは、どこに物があるのだと、小屋の中を見渡したが、それらしい物は何もない。


まさかこの子供たちが商品ではないよなと、ルイが灰寺のほうを見ると――。


「ふむ、二人だけか。まあいい。じゃあ緩爪くん。この子らのことは任せたよ」


「あの、灰寺さん。まさかこの子たちが今回の……?」


ルイの顔は青ざめていた。


まさか、本当にこの少女二人が商品なのか。


そんなの人身売買ではないかと、今にも声を張り上げそうな顔で灰寺のほうを見る。


ルイに見つめられた灰寺は、彼女と目を合わせながらも寂しそうな表情を返した。


普段からヘラヘラしている彼からは、とても想像できないほどの悲しそうな顔だ。


「この村ではね。生活が苦しすぎて子供を山の外に捨てる習慣があるんだよ」


「えぇ!? じゃあこの子たちって!」


やはり声を張り上げたルイに、灰寺は静かに説明を始めた。


貧しすぎて子供を捨てる習慣がある村の存在を知った灰寺は、そのことを会長である国蝶こくちょう·たまきに報告。


その後、この村で捨てられるはずだった子や、他にも育てたくても育てられないという家族から少年少女を預かり、里親になれる人物を探しては送り出しているという。


灰寺の話を聞いたルイは、その場で両膝をついた。


ろくに掃除もされていない汚い床にひざまずいて、彼女は涙を流しながら灰寺に言う。


「そうだったんですね……。この子たちにはそんな事情が……。まさか! 今話してくれたことって世界中でも!?」


灰寺はコクコクと頷くと、ルイの質問に答えた。


貿易会社アンナ·カレーニナは、世界中の貧しい国の少年少女たちのために、子供を欲しがる富裕層らと出会わせていると。


その話を聞いたルイは、涙を拭いながら、この会社に入ってもよかったと心から思った。


会長である国蝶·環は、世界を相手に商売をしているだけではなく、世の中の子供を救う慈善活動もしていたのだ。


よく欧米では富を持つ者が当たり前にボランティア活動や寄付などをおこなっているとは聞くが、日本ではあまりない聞かない。


それでも会長はやっているのだ。


世界で事情があって親元で暮らせない子供たちのために。


それがどれだけ凄いことかと、ルイは国蝶の顔を思い出しながら、彼女に死ぬまでついていくと、心に誓う。


「灰寺さん……。わたし、アンナ·カレーニナに入れてホントによかったです!」


「君ならそう言ってくれると思ったよ。それじゃこの子たちと一緒に、トラックの荷台に乗ってあげてね」


「はい!」


ルイは大きな声で返事をすると、少女二人のほうを見た。


両親といたい、生まれた土地を離れたくないという彼女たちの気持ちを汲みながらも、ルイは二人を抱きしめる。


「辛いとは思うけど、でもこれがあなたたちの未来に繋がることだから……」


できる限り穏やかな声で、覚えたてのつたないヒンディー語で語りかける。


二人の少女は、どうしてルイが抱きしめてきたかわからないようだったが、彼女の誠実さは伝わったようで笑みを浮かべていた。


そんな二人の笑顔を見たルイは、彼女たちの手を取って、まるでゴムまりのように跳ねながらトラックへと向かっていった。

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