#7
トラックの荷台に乗り込んだルイは、少女二人に手を差し伸べて引き上げる。
二人が腰を下ろすと、彼女は灰寺に声をかけようとした。
灰寺は、先ほど少女たちがいた小屋に案内した夫婦と握手をしており、笑顔の彼とは対照的に夫婦のほうは涙を流している。
事情があるとはいえ、自分の子供と離れ離れになるのだ。
それも当然だろうと、ルイはまた目頭が熱くなっていた。
「灰寺さん! 子供たちは乗せましたよ!」
顔を手で拭い、明るく声をかけたルイ。
灰寺はそんな彼女にニッコリと微笑むと、持っていたバックをボストンバッグを夫婦に渡し、トラックへと乗り込んだ。
刺青の男二人も灰寺に続き、運転席と助手席に乗ってトラックは農村を後にする。
荷台から農村の風景を呆けた顔で眺めている少女二人。
遠くに見える雪山や視界を埋め尽くすほどの畑を見ては、どこか寂しそうにしていた。
そんな少女二人を見たルイは、自分が彼女たちを元気づけねばと、ぎごちないヒンディー語で話しかける。
「ねえ、わたしは
笑顔で声をかけられた二人は、視線を外からルイのほうへと向けた。
そしてモジモジと身を震わせながらも、自己紹介をする。
二人の少女の名前は、ガウリカとラチャナ。
年齢は六歳くらいだと答えた。
正直ルイから見ると、二人の違いがわからなかった。
髪型も同じで服も似たようなものを身に付けているため、どっちがガウリカでどっちがラチャナか判断できない。
双子でも姉妹でもなかったのだが、やはり外国人は見分けにくい。
ルカは困りながらも、二人のことをどうやって区別するかを考えていた。
しばらく話しているうちに、二人ともダンスが好きだということを知った彼女は、趣味まで同じなのかと乾いた笑みを浮かべてしまう。
だが、すぐに思いつく。
「二人とも、ちょっといい?」
ガタガタと揺れる荷台で立ち上がったルイは、そういえば手に付けていたヘアゴムのことを思い出し、ガウリカとラチャナの後ろ回る。
そして、ガウリカの髪を一つにまとめポニーテールにし、ラチャナのほうは二つ結びで髪を留める。
これでどちらどちらかが判断できるようになったと、ルイは我ながらナイスアイディアだとひとり胸を張る。
ガウリカとラチャナも、急に頭に尻尾が生えたことに違和感を覚えながらも、頭を振って揺れるまとまった髪で遊び始めていた。
これまで自分の髪型などいじられたことがないのだろう。
いつもと違う自分の顔を互いに見つめ合って、二ヒヒと笑みを浮かべて楽しそうにしている。
髪が顔にかからなくなったせいか、二人の表情もはっきりと見えるようになった。
これで先ほどよりも違いがわかるようになったと、ふざけあう二人を見たルイ。
笑顔を向け合っている彼女たちの姿から、元気になってくれてよかったとホッと胸を撫で下ろしていた。
「ルイも髪ながいね」
「うん、あたしたちよりもながい」
すると、どうしたのか。
ガウリカとラチャナがルイの髪に触れ始めた。
二人はルイもお揃いにしようといって、彼女の髪で遊び始める。
「うわぁ! ちょ、ちょっと二人とも! わたしの髪はオモチャじゃないんだよ!?」
「だってすっごくながいんだもん。ねえラチャナ」
「うん、こないだ見たヘビみたいだね、ガウリカ」
二人を止めようとルイは声を張り上げたが、もうガウリカとラチャナは止まらない。
ルイの髪を自分の首に巻いたり、自分の髪と結んでみたりと好き放題し始める。
さすが子供だ。
ちょっとでも気を許せば遠慮がなくなる。
きっとこれに関していえば、世界共通なのだろうとルイは思う。
もう二人を止めること諦めた彼女は、そのままされるがままトラックの荷台で揺られていた。
「舐めてたなぁ……。子供ってこんなパワフルなんだ……」
そして照りつける太陽を眺めながら、ルイは
そんな哀愁さえも漂う彼女のことなどお構いなく、ガウリカとラチャナは、ニューデリーまでの道をずっと楽しんだ。
――名もなき農村からニューデリーへと戻ってきたルイたちは、コンノートプレイスにある彼女たちが泊まる予定のホテルへと到着した。
すでに疲れ切っていたルイだったが、ホテル内に入って目を輝かしているガウリカとラチャナを見ると、その疲労も吹き飛ぶ。
係員付きパーキング、無料のWi-Fi/インターネット接続、ジム/フィットネスセンター、バー/ラウンジ、ベビーシッター、さらにはプールやパーティー会場まで付いているこのホテルは。日本人である彼女から見ても豪華な宿泊場所だ。
さすが今回の仕事は会社の業績を左右するといわれていただけあって、これまでにルイが仕事で泊まった宿とは雲泥の差だった。
「いやいや、緩爪くんのおかげだよ。あの子らもすっかり上機嫌だ」
ルイがガウリカとラチャナを見ていると、灰寺が声をかけてきた。
彼の話によると、大体家族と引き離された子供は元気がなくなってしまうらしい(そんなことは当然なのだが)。
そういうこともあり、あれだけ子供に覇気がある状態なったのは、すべてルイのおかげだと、灰寺は彼女を絶賛する。
ルイが褒められて照れていると、ホテルマンらしき男が灰寺に声をかけてきて、ガウリカとラチャナは連れて行かれた。
どうやら汚れた身体を洗ってから綺麗な服に着替えさせ、今夜行われるイベントに出てもらうようだ。
その話を聞いたルイは、彼女たちの里親が集まるのかと思い、少し寂しい気持ちになりながらも笑みを浮かべる。
これだけ豪華なホテルでのイベントだ。
きっとかなりの富裕層が来ているに違いない。
ルイはそう思うと、ガウリカとラチャナが家族と暮らせないのは辛いが、二人の未来は明るいと安堵していた。
「じゃあ、君も部屋に戻って着替えてきてね。そんな汗まみれじゃ、お客さんの印象が悪いから」
「お客さん……ですか?」
「まあまあ、いいからいいから。食事の前に打ち合わせもしたいから、さっさとシャワー浴びてきてね」
灰寺の言葉に違和感を覚えながらも、ルイは自分の泊まる部屋へと向かった。
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