#17
――理由もなく子供たちを救えると確信していたルイは、クロエに発破をかけられながらニューデリーへと入る。
早朝だというのに、通りには道をすべて埋め付くほどの人、人、人。
一体何があって、こんな早くから街を出歩いているのかわからない人間たちで溢れていた。
人混みとのらりくらりと歩く牛とその
ルイは、インドでは外国人観光客に声をかけて、金銭を巻き上げようとする詐欺師が多くいると聞いていた。
だがルイがリクルートスーツを着ているせいか、インド到着時から、詐欺師どころかインド人の誰もが彼女に声をかけては来ない。
通りを抜けながら、そのことを不思議に思っていたルイに、クロエがその理由を説明してくれた。
どうやら、クロエが知る数年前からインドの経済発展も目覚ましいようで、観光客よりも自国の富裕層を狙ったほうが稼げるのだという。
特に、すぐにバックパッカーだとわかる格好の旅人や、型くずれしたリクルートスーツを着たサラリーマンは相手にされないようだ。
《でもね。それでも観光客狙いの詐欺師はいるから気を付けね》
「このスーツ……。そんなにヨレヨレかな……」
《えぇ、かなりくたびれてるわよ。まるで男の
「それって……アメリカンジョークってヤツ? わたしはなんか笑えないなぁ……」
《イヤね、ブリティッシュ·ジョークよ。アナタの国のコメディがどんなものかは知らないけど、笑いに
クロエの言葉にルイは思う。
やはり欧米人とは文化が違うのだなと。
しかしよく考えてみれば、自分たちも彼女の言う通り、お笑い芸人が誰かを侮辱したり騙したりして笑っていることを思い出す。
日本のテレビで流れているバラエティー番組も、その多くが誰かを傷つけて笑いを取るものばかりだ。
「クロエの言う通りかも……」
ルイはそう思い直すと、クロエの言葉に同意した。
彼女が自分の意見を受け入れてくれたことに気を良くしたのか、クロエはルイと出会ってからずっと見せている上品な笑い声を出す。
《フフフ、わかってくれて嬉しいわ。だけど、どうせ同じ笑顔なら知的でいたいわよね。さっきのたとえはちょっと品性が足りなかったから反省しなくっちゃ》
そんな会話を続けながら人混みの多い通りを抜け、ルイとクロエは灰寺たちがいるコンノートプレイスへと辿り着いた。
目指すは子供たちがいるホテルだ。
先ほどの通りに灰寺の部下たちはいなかったが、ここからはさらに警戒しなければならないと、ルイは気を引き締める。
ここまで来る会話の中で――。
ルイからホテルのどこに子供たちがいるかや、灰寺や貿易会社アンナ·カレーニナの社員たちが泊まっている部屋の場所を聞いていたクロエ。
彼女には何か考えがあるのか、周囲に警戒しながらホテルへと近づいていくルイに、そっと声をかける。
《ここから口に出して話をしないほうがいいわね》
「じゃあ、どうやって会話するの?」
《頭の中でワタシに声をかけなさい。だいぶアナタとの共存状態にも慣れてきたから、それくらいはできるようになったわ》
「わかった」
《口に出しちゃダメよ》
(うッ!? わ、わかったよ……)
ルイにはクロエがどうやってこの状態に慣れたのかが理解できなかったが、彼女の言う通りに、頭の中でクロエに語りかけるように切り替えた。
それからクロエの指示を聞き、ホテルの正面にある出入り口からは入らずに、建物の裏にあった従業員専用の扉へと向かうことにする。
昨夜に、あれだけ灰寺たちに協力的だったホテルマンたちだ。
もしかしたらルイを見つけ次第に連絡されるか、または捕らえられてしまう可能性は十分にある。
ここはもう敵地だ。
いくら海外から来る客が多い公共の場であるとはいえ、ホテル内では一切の油断はできない。
幸いなことに裏の扉は開いており、ホテル内へ簡単に入ることができた。
いるはずの従業員や警備員は、休憩なのか誰もいない。
朝なら訪れそうなリネンサプライの人間も、ホテルのシーツ、タオル類、枕カバーなど回収には来ていないようだ。
高級ホテルなのにずいぶんとセキュリティーが甘いと思いながらも、ルイは子供たちがいるパーティールームへと向かう。
誰もいないことを確認しながら、階段を上がって一気に子供たちがいる場所へと走った。
そして、パーティールームに辿り着いたルイ。
会場はすっかりと片付けられている。
簡易ステージも煌びやかな照明もない中は、昨夜に人間オークションのお披露目会が
おまけに人の気配もない。
ルイは自分はどこまで運がいいのかと、子供たちがいると思われる楽屋へと向かう。
だが、楽屋にも誰もいなかった。
灰寺との打ち合わせで聞いた話で、日本へ出発するまではまだ時間あるはずだが、ここに人がいた痕跡すら残っていない状態だ。
「予定が変わったんだ……。わたしが子供たちを逃がそうとしたから……。どうしよう……どうしよう……ッ!」
その光景を見たルイは、その場で立ち尽くし、つい声を出してしまっていた。
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