#18
身を震わしているルイに、クロエは語りかけた。
すでにホテルにいないのならば、早くこの場を去ったほうがいい。
いつまでもここに居ても意味がないうえに危険であると。
《大丈夫、大丈夫よルイ。まだ子供たちを救うチャンスはあるわ》
「そんなこと言ったってどうすればいいの!? たぶんわたしの荷物とかパスポートも処分されちゃってるだろうし……。もうどうしようもないじゃない!」
現状に絶望していたルイは、その苛立ちをぶつけるようにクロエに叫んだ。
灰寺たちが予定を変えたのなら、すでに空港へと向かい、日本へ出発してしまっている可能性が高い。
日本へ戻られたら敵は本社にいるはずだ。
そうなると、ここインドにいたとき以上に警備が厳重になり、もう自分一人の力ではどうしようもできなくなると、ルイは喚き始める。
だが、それでもクロエは冷静になるように彼女へ言い続けた。
文句を言っても何も始まらない。
口を動かしても子供たちを救えないのだと、ルイを落ち着かせようと穏やかに彼女を宥める。
《ともかく一度アナタの部屋に行きましょう。そこで必要なものを持ってワタシたちも日本へ行くのよ》
「だからわたしの荷物なんか処分されちゃってるって言ってるでしょ!? もうどうしようもないんだよ!」
しかし、クロエがいくら宥めようが、ルイは落ち着きを取り戻せなかった。
もうすべて終わりだ。
自分はもう詰んでいるんだと、一向に冷静になれそうな気配はない。
それでもクロエは諦めなかった。
何を言えばルイが冷静になれるのかを考え、話を続ける。
《アナタは子供たちを救いたいのでしょう? だったら動かないと。行動力こそがアナタの美点だと、さっきワタシが言ったでしょう?》
「その行動力のせいで無茶苦茶になったんじゃない! 何が美点だよ!」
《ルイ……。アナタだけでもワタシだけでも子供たちを救えない。子供たちを助けるには、ワタシたちが協力する必要があるわ。だから落ち着いて》
クロエはルイがいくら喚こうが、けしてめげずに語りかけ続けた。
状況は良いとは言えないが、ルイが諦めなければ必ず子供たちを救える。
まだ手があるというのに、こんなところで感情的になってすべてを投げだすのかと。
クロエの説得で、ルイは冷静さを取り戻し始めていた。
愚痴を言い尽くしたのも良かったのだろう。
彼女はクロエに言われた通りに、楽屋から出てパーティールームを後にし、自分の泊まるはずだった部屋へと向かう。
幸いなことに、部屋のカードキーはジャケットのポケットに入っていたので、中に入ることができた。
何もかも処分されたと思っていたが、ルイの荷物はまだ部屋に残っていた。
誰かが部屋に入った様子もない。
どうやら灰寺たちのほうも、急に予定を変更したせいか、ルイの荷物の処分まで気が回らなかったようだ。
《良かった、こっちは無事だったみたいね。じゃあ、パスポートを持って、あとアナタのパソコンを見せて》
ルイはクロエに言われるままキャリーケースを開き、衣類を乱暴に放ってノートパソコンを取り出す。
パスワードを入力してログインすると、クロエはルイに灰寺らと打ち合わせの内容が入ったフォルダを開くように言った。
「内容ならわたしが話したじゃない? 今さらなんで確認する必要があるの?」
PDFをクリックして内容
どうやら彼女は、口での説明では何か伝え切れていないことがあるかもしれないため、一度内容をしっかり読んでおきたかったようだ。
それに打ち合わせ内容を把握しておくことで、予定変更の予想がしやすくなる。
そのため、ノートパソコンが無事だったのは不幸中の幸いだった。
クロエがルイの目を通してパソコンの画面を見ていると、突然部屋の扉が開いた。
ルイは慌ててベットの下に隠れると、男の声が聞こえてくる。
「誰か来てたのか!?」
「みたいだな」
男の声が二つ。
おそらくはルイの荷物を処分しに戻った現地の人間――インド人と、もう一人は英語の発音からして日本人のようだ。
ルイはベットの下で冷や汗が止まらなかった。
自分がクロエに喚いてさえいなければ、男たちが来る前に部屋から出れていたはずだと悔やみ、もし見つかったら殺されると思い、身体の震えが止まらなくなる。
ルイはどこにでもいる平均的な二十代の女性だ。
格闘技の経験などもちろんないし、男性相手に取っ組み合いをして勝てるはずもない。
それが、こんな狭い部屋で男二人を相手にして逃げられるはずもないと、まるで怯える亀のように縮こまる。
男二人は部屋の奥へと進み、先ほどルイが開いたノートパソコンの前で足を止めていた。
その様子をベットの下から見ていたルイに、クロエが言う。
《今よ。二人はアナタが開いたノートパソコンに注意が向いている。背中を向けているわ。飛び掛かるなら今が絶好のチャンス》
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