#16
だがそれでも、自分には並みの人間をはるかに超えた力が手に入ったことは理解できたようだ。
それから再び街へと向かおうとしたルイだったが、彼女はあることに気が付く。
灰寺たちがやっていることを警察に報告すれば、すべて解決するではないかと。
「そうだよ、なんで気が付かなかったんだ……。街に着いたら警察に、いや今電話すればッ!」
ルイは慌ててスマートフォンを手に取った。
2017年からインドでは、警察が100、消防が101、救急が102、緊急災害が108と、別々の番号が割り振られているが、現在はインド全土どこからでも警察、救急、消防の事態発生を通報できる統一電話番号として“112”が運用されることになった。
いわゆる日本でいうのところの“110”に相当する緊急通報番号で、携帯電話や固定電話を問わずかけられ、ヒンディ語と英語のオペレーターに繋がる。
また何らかの理由から音声通話ができない人は、SMS(ショートメッセージングサービス)でも112にSOSメッセージを発信でき、受信したコールセンターが、発信者の位置を逆探知して必要な対応をすることになっている。
それは仕事でインドに来ている日本人であるルイにも、当然適応される。
警察に通報すればいいと考えたルイだったが、クロエは彼女に電話を切るように言ってきた。
その理由は、灰寺たち――貿易会社アンナ·カレーニナの人間が、警察への対策を取っていないはずがないからだ。
堂々と宿泊先のホテルで、人身売買のお披露目会をやるような連中だ。
ルイがひとり喚いたところで、警察は証拠がないと相手にもしてくれないだろう。
「証拠ならあるよ! だってホテルには子供たちがいるもん!」
《だから言ってるでしょ。連中が警察に踏み込まれたときのこと想定してないはずがないって。それにね。アナタは知らないかもしれないけど、発展途上国の警察の多くが、金さえ払えば大抵のことは見逃すものなのよ。それにアナタも社員だったのでしょ? 連中と一緒に捕まっていいかしら》
ルイはクロエの言葉を聞いて電話を切った。
彼女はスマートフォンを握りしめながら、ガクッとその場で肩を落とす。
自分が捕まるのはこの際いい。
知らなかったとはいえ、犯罪行為に手を貸していたのだ。
牢屋に入れられるくらいはもう覚悟している。
しかし、警察が頼れないなら、一体どうやって灰寺たちを捕まえればいいのか。
すっかりと意気消沈してしまったルイに、クロエが声をかける。
《大丈夫、そんなに落ち込まないで。ようは証拠があればいいのよ》
「でもそれは、さっきあなたが無理だって言ったじゃない……」
少し苛立った様子でルイが返事をすると、クロエが彼女の脳内で笑う。
そんなに怒るなと笑いかけ、ルイが苛立つと脳を共有している自分までストレスを感じると、彼女をからかうように宥める。
そして、証拠を見つけるはそんなに難しいことではないと、クロエは言葉を続けた。
ルイには彼女の言っている意味がよくわからない。
さっきから口にしていることが矛盾していると思い、本当に頼りになるのかと疑い出す。
やはりこれは妄想で、目が覚めれば自分は、普通に貿易の仕事をしているのではないかと、ルイは思い始める。
そんな顔をしかめているルイに、クロエがある提案をした。
このコンピューター内にいた人格は、彼女に向かって、灰寺たちのいるホテルへと向かうように指示する。
「やっぱりなんとかしてくれるんだ!」
パッと表情を明るくしたルイに、クロエは切り替えが早い娘だと思いながら答える。
《えぇ。アナタを止めたのは、“ワタシたち”に何ができるかと、冷静に状況を把握してほしかったからなのよ。感情的になっても何も解決しないわ》
「うぅ……おっしゃる通りだよぉ……」
考えなしで行動しようとしたルイは、自分の悪いところを指摘されたように思い、委縮してしまっていた。
自分でもわかっている短所なのだが、頭が働く前に身体が動いているので、自分では直しようがなかった。
そんな身を縮めてしまったルイに、クロエが言う。
《だけどワタシは好きよ、アナタのそういうところ。その行動力は誇っていいと思うわ。たった独りで犯罪組織を相手にしようというアナタのその勇気と、ワタシの頭脳が加わればできないことなんて何もない》
「クロエ……。ありがとね。一時はどうなっちゃうかと思ったけど……。クロエのおかげで、なんかやれる気がしてきたよ」
《まあ、任せてちょうだい。ルイの言葉を借りるなら、サクッと片付けてあげるって感じかしら》
具体的な解決策などクロエは一言も話はしなかったが、ルイが元々楽観的な性格だったのもあって、彼女の言うことを鵜呑みしていた。
これから自分がどうなるかもわからないというのに。
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