#15
地下室を飛び出し、朽ち果てた研究施設から出たルイは、ヤムナー川――川沿いを走り、ガウリカとラチャナたちがいるホテルへと向かう。
クロエは、そんないきなり一心不乱に駆け出したルイに、落ち着くようにと声をかけた。
このまま敵のいる場所へ向かってどうするつもりなのか。
何か考えがあるのとかと、とりあえず足を止めるようにクロエが言うと、ルイは立ち止まることなく答える。
「えッ!? だってクロエがなんとかしてくれるんじゃないの!?」
ルイの返事を聞いたクロエは言葉を失った。
どうしてこの娘は、昨日今日あったばかりの相手――しかも、現実的にはあり得ない自我を持つコンピューターの言うことを真に受けているのかと。
もしクロエがルイの立場ならば、このように簡単に相手を信用はしない。
この
現時点では、どう考えても後者だろうと、クロエはルイを止めながらも呆れる。
ようやく言われた通りに足を止めたルイは、どこを見てクロエと話せばいいのかわからず、周囲を見回しながら言う。
「わたしたちって同じ脳みそを共有しているんでしょ? なんでクロエにワタシの考えてることが伝わらないの?」
《何事も予測通りにいかないのが実験よ。どうやら瞬間的な思考は共有できないみたいね。いや、むしろアナタにワタシの考えていることはわからないの?》
「声は聞こえるけど、他はいつもと変わんないよ。てゆーか、今実験って言ったでしょ!? それってもしかしたら失敗してたかもってことッ!?」
クロエは、喚き出したルイを口八丁で言いくるめながら思う。
これは好都合だと。
ルイの短絡的な思考は読みやすいので、彼女の考えがわからないことはむしろ問題ない。
たとえこちらの考えていることが伝わったとしても、この馬鹿な娘には自分の理解できないだろう。
ともかくこちらの思考が伝わらないのは、今後いろいろとやりやすいと、ルイの脳内でほくそ笑む。
「ちょっとクロエ。今、悪いこと考えてるでしょ?」
《さあ、なんのことかしら? というか、アナタ。ワタシの考えていることがわからないはずじゃなかったの?》
どうして感づかれたのか。
クロエがルイにそのことを訊ねると、彼女自身もよくわかっていなかった。
だが、頭の中でそういう感じがしたとだけ、ルイは答える。
「口では説明できないけど。なんかクロエの悪意が頭に流れてきたって感じかな?」
《そうなのね。やはり人間の脳って素晴らしいわ。実際に体験しないとわからないことって、まだまだたくさんあるのね》
「もうそのことはいいから、早く子供たちを助けるために手を貸してよ。あなたならなんか映画みたいなスーパーパワーで、サクッと解決できちゃうんでしょ?」
《……一度、主導権をこっちに渡して》
クロエがそういうと、ルイは少し戸惑いつつもどうすれば主導権を渡せるのかを訊ねた。
訊ねられたクロエは、そんな難しいことじゃないと答え、彼女に全身の力を抜くように言った。
するとどうしたことだろう。
ルイの意思とは関係なく、彼女の身体が勝手に動き始める。
右足、左足と一歩ずつ前へと踏み出し、気が付けば歩きだしていた。
何か妙な感覚だとルイが思っていると、歩行状態から突然その場で自分の身体が踊り出す。
川沿いに早朝でリズミカルなダンスを披露するルイの身体は、さながらプロ顔負けの動きだった。
しばらくして踊りが止まると、クロエがルイに言う。
《どう? なかなかのものでしょ?》
「ビックリした……。ミュージカルが始まるかと思った……」
クロエは、驚いておかしなことを口にしたルイに言葉を続けた。
主導権を握るルイの許可があれば、クロエは身体の全神経に信号を送ることができる。
その動きは、ルイ本人の覚えがないものだろうがなんだろうが、人間の動きをはるかに超えたものになるのだと。
「じゃあ、今のキレッキレのダンスはあなたの力?」
《キレッキレ? あぁ、動作が早いってことね。日本語って難しいわ》
クロエは、ルイの言葉の意味を理解すると話を続ける。
《話を戻すとね。つまりは今のアナタは、この世界のどんな人間よりも素早く、寸分の狂いもない動きができるってことなの》
「それって、わたしがロボットになっちゃったってこと?」
《アナタは紛れもなく人間よ。『接続された女』は知っているかしら? ジェイムズ·ティプトリー·ジュニアの小説なんだけど》
「誰それ……? 聞いたことないよ」
《そう。まあ、そういうサイバーパンク作品の主人公にでもなったと思えばいいわ》
「サイバーパンク……? なんかカッコいい響きだね」
話題が合わないと諦めたクロエは、もっとわかりやすい例えを出したが。
ルイには、その例えすらもわからなかった。
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