#14
クロエは嬉しそうにそういうと、地下室にある非常食のある場所をルイに教えた。
部屋の隅にあった棚に入っていた缶詰めなどだ。
「ねえ、これって食べても大丈夫なの?」
不安そうに訊ねたルイに、クロエが説明を始めた。
食品が食べられなくなる原因は、主に二つある。
それは、腐ることと酸化すること。
腐るとは、食品中の微生物が増殖することで起こる腐敗、劣化の意で、微生物を含むあらゆる生物は水なしには生きられない。
酸化とは、熱や光などによる劣化だ。
通常は一度酸化した食品が元の新鮮な状態に戻ることはない。
すなわち食品の美味しさ、新鮮さを守るためには、腐敗をさせないための水分除去と、酸化を進行させないための抗酸化が必要となる。
棚に入っていた非常食は、それらの問題をすべてクリアしていると、クロエは自信満々の言葉を続ける。
《ここにあるものは軍用としてのフリーズドライ食品だから二十年以上は持つわ。だから安心して食べて》
不安そうにしながらもルイは棚へと手を伸ばす。
彼女が数ある非常食の中から手に取ったのは、チキン雑炊だった。
そしてクロエに言われるまま付属の缶切りで開封し、脱酸素剤を取り出す。
棚にあった使い捨てのフォークを手に取り、すでにクロエが用意していた水でかき混ぜる。
《そのまま十分くらいはかき混ぜてね》
「そんなに待つの?」
《湯を使えればもうちょっと早いんだけどね。少しくらいは我慢してよ。サバイバルフードとはいっても、味は保証するわよ》
長いと思いながらも、ルイは言われた通りに十分ほどかき混ぜ続けた。
そして、チキン雑炊が完成。
どこか懐かしい匂いだと思いながら、ルイは早速食べ始める。
鶏肉、マッシュルーム、にんじんなどの具材と水分を吸ったふっくらとした米を、醤油、昆布だし、鰹だしで煮込んだ出汁の効いた味の雑炊。
味は和食に近く、期待していなかったのもあってか、その美味しさにルイは舌を鳴らした。
一気に口へとかき込み、まるでリスのように頬を膨らませる。
《そんなに慌てて食べなくても、誰も取らないわよ》
脳内でクスクスと上品に笑うクロエの声がする。
あっという間に食べ終えたルイは、食事をしたことで落ち着き、ようやくクロエと話を始めた。
彼女がまず聞いたのは、自分の状態だ。
クロエはコンピューターのOSを切り替えるやり方を例えに、自分たち状態を説明したが、そこまでパソコンに強くないルイにはあまり理解できなかった。
《もっとわかりやすく言うなら、今のアナタの脳はルイ·モードとクロエ·モード二つを選べるということよ。基本はルイ·モードで、アナタが身体の権限をワタシに譲ればクロエ·モードになる》
「それって、クロエ·モードになったらわたしの身体が乗っ取られちゃうってこと!?」
《もちろん主導権はアナタにあるわ。切り替えはアナタの自由。ワタシがあなたの身体を完全に乗っ取ることはないから安心して》
クロエの子供でも理解できる砕けた説明のおかげで、自分の状態を把握したルイだったが、やはり少し不安だった。
だが、そんな彼女の考えを察してクロエが言う。
《不安を感じているわね。まあ、当然だけど》
「……もしかして、わたしの考えていることがわかるの?」
《それはそうよ、だってワタシはもうアナタの一部なんだから。これからワタシたちはOne heart and one bodyよ》
「One heart and one body……。一心同体ってことか……って、ちょっとそれってかなりヤバくない!? わたしのプライベートはどこへッ!?」
その場で立ち上がって喚き始めるルイ。
自分で選んだ結果とはいえ、他人に(クロエは人ではないが)考えていることをすべて知られてしまうという事実に、彼女は大いに慌てている。
《心配いらないわ。ワタシはアナタの性癖には興味ないから、好きなときに好きなだけマスターベーションしてちょうだい。ワタシの声も、アナタ以外には聞こえないしね。アナタが上司の男を実は気に入っていたとかも、もちろん誰にも言わないしね》
「そういう問題じゃないし!」
そんなルイのことを、クロエが脳内でからかっていると、彼女は途端に喚くの止めて自分の頬をバシッと両手で叩いた。
それは、少し顔が腫れあがるほどの強烈な張り手だった。
どうやらクロエにも痛覚が連動しているようで、今のは何の真似なのかとルイに訊ねる。
《どうしたのよ急に? あまり自分を傷つけないでくれる? アナタが痛いとワタシも痛みを感じるんだから》
「主導権はわたしにあるんだから、そこは我慢して」
ルイは顔を強張らせて答えると、突然走り出して叫ぶ。
「そんなことよりも今は子供たちを助けなきゃ!」
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