#13
クロエにいわれた言葉が決定的となり、ルイは彼女の人格と記憶を自分の脳に移すことを決めた。
どのみち他に方法もない。
このまま警察に駆け込んでも、灰寺たちを捕まえてくれるとも思えない。
ここが日本だったらまだ何か手があったかもしれないが、今自分がいるのは見知らぬ土地――インドのデリー連邦直轄地なのだ。
貿易会社アンナ·カレーニナが雇った現地人らが、今も自分のことを捜し回っているだろう。
どうせ捕らえられて殺されるくらいなら、このコンピューターの言う通り、リスクを負ってでも生き残る方法を選んだほうがいい。
自分の提案を受け入れたルイに、クロエは喜ぶと、さっそく準備を始めた。
彼女たちがいる地下室にあった電子機器類が人の手を借りずに動き出し、ルイの前に手術台のようなベットが現れる。
クロエは、その手術台のようなベットに横になるように、ルイへと声をかけた。
その声と同時に、まるでタコやイカが持つ触手のようなものが、側にあった機械から伸びてくる。
「ねえ、まさか頭を切り裂くとかじゃないよね?」
《そんな大袈裟なものじゃないわよ。ちょっと傷をつけて隙間からワタシのデータをアナタの脳に移すだけ》
「ちょっとッ!? 本当に大丈夫なの!? 傷をつけるって、結構ヤバいじゃない!?」
《いいから早くしなさい。それともやっぱりやめる? それならもう子供たちを救う可能性はゼロになるけど》
「うぅ……わかったよ。でも、あんまり痛くしないでね……。血がドバーて出るのとか、わたし、苦手だから……」
ルイが恐る恐るベットに横になると、触手が彼女の身体へと伸びてきた。
すると、何か麻酔のようなものを注入されたのか、次第に意識が薄れていく。
《それじゃおやすみなさい。次に目覚めたとき、ワタシはアナタの一部になっているわ》
子供を寝かしつける母親のような声でいうクロエ。
ぼんやりとしていく頭でルイは思う。
今夜見たことをすべてが悪い夢であってほしい。
ガウリカとラチャナたちも売られず、自分の働いていた会社アンナ·カレーニナは、ただの貿易会社で人身売買などなかったと。
こんなよくわからないインドの研究施設の地下に追い詰められ、コンピューターのデータを頭の中に移すということなど自分の妄想なのだと。
目を覚ませば、また忙しい仕事の日々がが待っているのだと、そう思いながら彼女は眠りについた。
――次の日。
ルイは地下室のベットで目を覚ました。
照明は薄暗くなっていて、昨夜のような明るさはなく、目の前にある液晶画面も消えている。
やはり昨夜のことは夢だった。
クロエと名乗ったAIだが電子知能だか知らないが、そんなものは存在していなかった。
だが、自分が追われてこの地下室に来たのは事実。
状況は変わっていない。
子供たちは捕まったままで、自分が追われていることは昨日と同じだが、クロエの声はもう聞こえない。
ルイは、疲れていて都合のいい幻を見たのだろうと、ベットから身体を起こすと――。
《おはよう、ルイ》
「うわッ!?」
突然クロエの声が聞こえてきた。
それは昨夜のようなデジタル音声のような声ではなく、まるで人が口で喋っているかのような声だ。
ルイは慌てて周囲を見たが、部屋には誰もいない。
まだ昨夜の続き――幻聴が聞こえているのかと、彼女が頭を抱えていると、クロエの声がトーンを落として声をかけてくる。
《そんな驚かないでほしいわね。そんな態度をされると、ワタシでもちょっと傷ついちゃうわ》
「……夢じゃなかったんだ」
はっきりと聞こえるクロエの声。
それは部屋にあったスピーカーから出はなく、ルイの頭の中に流れていた。
それはクロエのデータが、彼女の脳に移されたことを意味している。
「わたし……正気なのかな……」
ルイは昨夜の出来事の影響で、自分がおかしくなってしまったのかと思った。
俯きながら右手を顔へと当て、ベットの上でふさぎ込んでしまう。
そんな彼女にクロエが言う。
《アナタは正常よ。軽度の飢餓感と疲労感はあるみたいだけどね》
「……いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえずあなたを受け入れる……。それと何か食べたい……」
《前向きで素晴らしいわよ、ルイ。じゃあ、あなたが言いたいことを聞きながら、食事にでもしましょう》
クロエは嬉しそうにそういうと、地下室にある非常食のある場所をルイに教えた。
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