#22
――ルイが意識を取り戻すと、彼女は自分が日本にいることに気が付いた。
見覚えがある部屋。
ここは紛れもなく六本木にある自分が借りているアパートだ。
「やっと起きたようね」
クロエの声が狭い部屋にこだますると、ルイは自分の身体が動かせるようになった。
脳の主導権が彼女からルイへと戻ったのだ。
布団から上半身を起こして頭を抱えているルイに、クロエは説明を始めた。
ニューデリーのホテルで現地のインド人の男を殺した後。
バスルームに隠れたもう一人の日本人の男を捕まえた。
男の名は
貿易会社アンナ·カレーニナの社員で年齢は二十八歳。
クロエは軽墓を脅して、彼と共に日本へとやって来たと言う。
ルイは信用できる人間なのかを訊ねると、クロエが脳内でクスクスと笑う。
《思ったよりも使えそうな男だったからね。今はいろいろ動いてもらってるわ》
クロエが言うに軽墓は、一応こちら側の味方となっているようだ。
彼は現在、帰国後に何食わぬ顔で貿易会社アンナ·カレーニナへと戻り、普段通りに仕事をしている。
そして約一時間に一度、軽墓からどこにいて何をしているのかを、こちらに
「そう、なんだ……。あれからどのくらい経ってるの?」
訊ねながらルイは布団から立ち上がり、冷蔵庫を開けて中に入っていた1.5リットルのコーラを飲む。
喉に炭酸の刺激を味わいながら、彼女は自分がちゃんと寝間着に着替えられていることに気が付いた。
クロエが身体がしっかりとリラックスできるように計らってくれたのだろう。
こういう細かいところまで気が付くのはさすがだと思いながら、下品にもゲップを出す。
《半日くらいかしら? まだ二十四時間も経っていないわ。それとルイ、年頃の女性がちょっと下品過ぎない?》
「別にいいじゃん。ここはわたしの家で今はクロエしかいないんだから」
《あなたね……。気品というのは、誰も見てないところでも気を付けるから身に付くものなのよ》
《なんだよ、お母さんかよ……》
ルイが不満げにボソッと呟くと、突然頭に激痛が走った。
まるで締め付けるような痛みを感じながらルイは、自分の両腕が勝手に動いて拳を作り、こめかみを左右からグリグリと押し付けていることに気が付く。
脳内のクロエが腕を動かし、ルイに
「ギブギブ! てゆーかこれクロエも痛くないの!?」
ルイはこれからは気を付けるから止めてと叫ぶと、両腕が再び彼女の意思で動くようになった。
どうやらルイが眠っている間に、クロエは彼女の許可なしで身体を動かせることを覚えたらしい。
そのことに一切恐怖など覚えず、ルイはこれからも小言をいわれるのかと思い、すっかり肩を落としてしまっていた。
「なんかクロエが急に教育ママみたいになっちゃった……」
《そんなことよりもここはもう引き払ってるから、少ししたら荷物をまとめてちょうだい》
「え~、起きたばっかでそんな面倒なことしなきゃいけないの~」
《いいからやって。少ししたらでいいから。それとも、またグリグリされたいの?》
「今すぐやります! やればいいんでしょ!」
クロエに言われたように、「ひぃ~」と悲鳴をあげながらもルイは部屋の荷物をまとめ始めた。
荷物をまとめるといっても元々大したものない。
服も今着ている寝間着とリクルートスーツくらいだ。
せいぜい最低限の生活用品をせっせとバックに詰めていく。
どうやらクロエの話では、これからこのアパートから出てあちこちのホテルを転々と泊まり歩くらしい。
一応まだ会社からはルイがインドにいると思われているが、念には念を入れるといったところだろう。
《軽墓からの連絡だと、子供たちのオークションは明後日に変更になったみたいよ》
ある程度片付け終わると、クロエがルイに軽墓から回ってきた情報を伝えた。
そのことを聞き、それまでだらしなかったルイの顔が一気に引き締まる。
そんなルイの変化を感じて、クロエが嬉しそうに言う。
《ルイは本当に切り替えが早いわね。前に行動力がアナタの美点だって言ったけど、そこも素晴らしい長所だわ》
「そ、そうかなぁ」
《えぇ、おまけに扱いやすいところもね》
「上げて落とすなよ!」
ルイはクロエにからかわれながらもリクルートスーツに着替えると、まだ
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