#38
――ルイが貿易会社アンナ·カレーニナの要ともいえる量子コンピューターの存在を知ってから、会社の経営が傾き始めていた。
その理由は、これまで世界中にいた会社の顧客が次々に消息不明になっていたからだった。
貿易会社としての輸入輸出――表向きの利益こそ変わっていなかったが。
人間オークションでの売り上げが見込めなくなったことで、会社は
だが、顧客たちは誰もが各国の富裕層である。
消息不明とはいってもいずれも成功者。
仕事に疲れた経営者が姿をくらます、よくある長い休暇とも考えられた。
「でも急に連絡が取れなくなるって、そんなことあるんですか? こちらを無視してるだけじゃ?」
ルイは支社ビルの社長席に座る灰寺にそう訊ねると、彼は不機嫌そうに返事をした。
貿易会社アンナ·カレーニナの顧客は皆、成功者だが。
マフィアやギャングなど裏社会と深い繋がりを持った人間ばかりなので、たまに人知れず消えてしまうことがあるらしい。
だが、それが顧客全員となると明らかにおかしい。
灰寺は国際刑事警察機構に彼ら彼女らの事実が知られ、それが芋づる式で捕まってしまったのかと考えていた。
「もし国際警察に捕まったとしたら、うちも危ない……」
顔をしかめながら拳をギュッと握る灰寺。
これは貿易会社アンナ·カレーニナ始まって以来の緊急事態だと、やり場のない苛立ちを内心で抑えようとしていると、突然彼のスマートフォンが震える。
その画面には、会長である
灰寺はついに会長の耳にも入ったかと、恐る恐る電話に出る。
《灰寺、聞いたぞ。これはどういうことだ?》
電話に出た途端、国蝶の凄んだ声が聞こえてきた。
大声こそ出してはいないものの、明らかに彼女の声色からは怒りが感じ取れる。
「はい! 今、その……調査中でして……現地にいる者から報告を待っている状態です」
《調査中? ずいぶんと
「申し訳ございません! すぐにでも私自ら消えた顧客たちを探します!」
スマートフォンを耳に当てながら、その場で立ち上がって何度も頭を下げる灰寺。
犯罪組織の幹部である彼も、所詮は雇われ社長――サラリーマンだということがわかる絵面だ。
それからも、まるで国蝶が目の前にいるかのように電話で謝り続けた灰寺が、ようやく通話を終えると、彼はルイと共に空港へと向かう。
空港までの移動中、車内には運転手と後部座席で並んで座る灰寺とルイだったが、二人に会話はなかった。
いや、むしろルイには訊きたいことが多くあったが、明らかに余裕のない灰寺に、彼女は声をかけられずにいた。
それは運転手の男も同じで、到着して空港で二人を降ろした後に、彼はホッと胸を撫で下ろしている。
車から飛行機に乗り換えても、やはり二人に会話はない。
ファーストクラスでの優雅な空の移動でも、灰寺の気持ちは落ち着かなかった。
CA――キャビンアテンダントが豪華な三ツ星レストランや有名レストランのシェフが監修したコース料理である機内食を運んできても、彼はろくに口をつけようともしない。
頼んだ日本酒だけをまるで水のように飲みながら、ずっと貧乏ゆすりしてガタガタと歯を鳴らし続けていた。
ファーストクラスの座席は、仕切られたスクエア型のシェルとなっており、プライベート空間を確保できる造りになっている。
また内部は、ピアノの表面のような美しい仕上げの大型可動式のダイニングテーブルをはじめ、その質感、機能性に一切妥協をすることないこだわりを備えている。
まさに最上級に相応しい心地よさに包まれ、最高の時間を過ごせる環境なのだが。
ルイは隣の席に座る灰寺のせいで、まったくくつろげないでいた。
国蝶との電話の後からずっと苛立っている彼が傍にいるせいで、せっかくの豪華な食事もお酒も美味しく味わえない。
「灰寺さん……。そんな調子じゃ持ちませんよ」
「わかってる、わかってるよ! だが、これが落ち着いていられるかってんだ……。会長……会長に心配されたんだぞ!」
灰寺は部下であるルイに
慕っている国蝶に怠け者と呼ばれたことが気になっているのか、彼は早く事態を解決させなければと、何もできることもないのに
そんなに焦っても飛行機の速度は変わらないというのに。
ルイはそんな灰寺を見てため息をつくと、座席に背中を預けた。
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