#48

言い合いは平行線のままだったが、国蝶の喉を掴む手の力は、次第に上がっていった。


「間違ってないのかもしれないけど……。それでも……それでもわたしはぁぁぁッ!」


ルイが声を張り上げると、彼女の手の力が緩んだ。


そして、掴んでいた国蝶を吹き飛ばすと、ルイがまた叫ぶ。


「会長! わたしを殺してぇぇぇッ!」


その叫びを聞いた国蝶は、持っていた日本刀を両手で握り、ルイに倒れ込むように突っ込んだ。


ルイは言葉とは裏腹に、国蝶から離れようと反応したが、動かない。


いや、正確には足を動かして逃れようとしたが、その動作は、彼女のこれまでの動きからは考えられないほど鈍かった。


「ルイ! やめなさいッ!」


再びルイが叫ぶ。


自分自身に向かって声を張り上げる。


だが、やはり動かない。


いや、動けない。


国蝶はそんなルイの胸に無我夢中で刃を突き刺し、彼女をそのまま押し倒した。


二人ともペルシャ絨毯の上に倒れ、その豪華に施された柄を吹き出した血で真っ赤に染めていく。


「ガハッ!? な、なんてことなの……。ルイ……ワタシはアナタを本当にぃ……」


そう声を漏らしたのを最後に、ルイは動かなくなった。


貿易会社アンナ·カレーニナのビルに、たった一人で乗り込んだ女は完全に沈黙した。


そのときの彼女の表情は、言葉ではとても言い表すことができない複雑なものだった。


驚愕と安心――そんな相反する感情を感じさせる顔で、ルイは天井を見つめている。


彼女の亡骸に倒れながら、国蝶は涙を流していた。


それは身体の痛みや安堵あんどからではなく、緩爪ゆるづめ·ルイを自分の手で殺してしまったという事実からだった。


「ルイッ! お前はなんでこんな……こんなぁッ!」


生き残った彼女は、そんなルイの亡骸にしがみつきながら泣いて叫ぶのだった。


――貿易会社アンナ·カレーニナ本社襲撃事件から数週間後。


国蝶·たまきは、ルイの実家へと向かっていた。


彼女の実家は北関東の片田舎にあり、国蝶は新幹線を乗り継いで、私鉄へと乗り換える。


都内と比べると乗車する客は少なく車内はまばら。


手にはキャリーバックを持ち、車窓から見える自然が広がる光景も相まって、ちょっとした小旅行のような感じだった。


「いい景色だな……」


そう呟いた国蝶の表情は沈んでいる。


それもしょうがないことだった。


事件後、ルイのした犯行は、本社内にある監視カメラの記録にすべて残っていた。


目出し帽を被っていたのだが、ルイの死体と会社に向かう途中映像も街中で発見され、貿易会社アンナ·カレーニナ襲撃の犯人は彼女と確定された。


警察はこの事件のことを、大きくは取り扱わないように手を回した。


報道規制を敷き、貿易会社の社員の一人が、本社に恨みを持って襲撃した話――という結果で落ち着くことになる。


社員のほとんどを殺された国蝶は、その事件の被害者として数日軟禁状態にされていたが。


もはや多くを説明できぬほど、彼女は消耗していた。


元々叩けばほこりが出るような会社だ。


たとえ国蝶の精神が落ち着いた状態であっても、警察の敷いた報道規制――手回しに協力的だっただろう。


ようやくそれらの処理が終わり、しばらく会社を休業にした国蝶は、加害者であるルイの母に、事の真相を伝えに行ったのだった。


いくら犯罪をしようと親は親。


ましてやルイは母子家庭で育ったと聞いていた。


親一人娘一人の家族。


何も事情が聞かされぬことはさぞ辛いだろうと、彼女は思い立ったのだ。


電車から降り、駅を出て初めて訪れた町を歩く国蝶。


予め調べていた住所からルイの自宅へと向かう。


時間はすでに昼食を過ぎていたが、駅周辺にあった飲食店へ入ることなく、目的地へと到着。


ルイの実家は古ぼけたアパートだった。


築何十年も経っていそうな建屋を見て、国蝶は思わず顔をしかめてしまったが、スマートフォンで部屋番号を確認し、表札に緩爪という名を見て一階にあった部屋のインターホンを押す。


だが、誰も応答しない。


何度かインターホンを押しても誰も出て来ない。


ルイの母親には事前に連絡を入れていたのだが、部屋からは人の気配がまったくなかった。


出直すかと、国蝶は遅めの昼食を取ろうと駅周辺へと戻る。


彼女はいくつかある飲食店を眺め、都内にもあるチェーン店には入る気にならず、比較的清潔そうな外観をした中華料理屋へと入ることにした。


いらっしゃいとくたびれた店主の男が、やる気のない声を出す。


国蝶はガラガラの店内を見て、適当に席に付くと、奥の席から男女の笑い声が聞こえてきた。


「つーかさぁ。娘が犯罪者になっちゃってマジでメンド―なんだけど」


そう大きな声で出していた化粧の濃い女は、ルイの母親だった。

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