#1
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いや、出たというよりは出るように母から言われた。
ルイのうちは母子家庭であり、母は新しい男と暮らすために、彼女に家を出て一人暮らしをするように言ったのだ。
だが、ルイの住む田舎では仕事がなく、彼女はそれまでにアルバイトで貯めたなけなしの金を持って都内へと出てきた。
東京ならば何かして仕事があるだろうと考えて出てきたのだが、現実は甘くない。
葛飾区西亀有の築何十年も経っているボロアパートで暮らし始めた彼女だったが、正規雇用での仕事は見つからず、フリーターでのスタートを余儀なくされる。
幼い頃から母がどういうわけか、ルイに英語を覚えるようにと口うるさく言っていたのもあって、家では動画サイトで英会話を毎日見ていた。
他の科目はからっきしだったが、そのおかげか彼女は英語の成績だけはよかった。
ルイ本人も自信があったというのもあって、英語のスキルを活かせる仕事を探していたのだが。
実績も実務経験も、ましてや英検――実用英語技能検定もない彼女が、通訳や翻訳の仕事に受かるはずもなかった。
彼女にはともかく金がなかった。
アルバイトで得た金のほとんどは家賃と光熱費、スマートフォンの通信費で消え、持っている服はリクルートスーツ一着と、夏用、冬用の寝巻くらいで、新しい服など買ったことがない。
社会人の最低限のマナーとして、化粧品やストッキングを百均ショップで購入しているくらいだ。
当然私服がリクルートスーツとだったルイのことを、アルバイト先の人間たちは小馬鹿にし、誰も相手にしなかったのもあって彼女に友人はいない。
たまに飲みに誘ってもらえても、生活が苦しい彼女には遊ぶ金さえもないため、いつも断っていた。
それでも人並みの容姿と、従順そうな性格が受けたのか、学生時代には縁のなかった恋人ができたりもしていた。
しかしそれらの男たちは、最初のうちこそ金のない彼女に食事を奢ったりしていたが、すぐに逆に金をせびるようになった。
そうではない男もいるにはいたが、いつまでもフリーターでいる彼女に呆れて暴力や暴言を吐くようになる。
そんな男たちと当然長く続くはずもなく、気が付けば結局ルイはいつも独りだった。
彼女が都内へ出てきてから数年――そのような先の見えない生活を過ごしていたが、偶然スマートフォンで見ていた求人サイトで、ある会社の正社員募集を発見する。
貿易会社アンナ·カレーニナ――。
勤務地は東京都港区で、給与は月給二十~四十万円。
勤務時間は変形労働時間制で、基本就業時間は九時三十分~午後六時三十分。
時間外労働時間あり、休日は交代制で長期休暇は相談。
そして、英語を話せる人を優遇と書かれていた。
これまで通訳などの仕事しか頭になかったルイにとって、この求人との出会いは目から
貿易会社がどんな内容の仕事をするのかは、彼女にはわからなかったが。
自分のスキルが活かせる仕事があって、しかも正社員を募集していることに、ルイは歓喜した。
これは運命だと思った彼女は、早速申し込み、面接日を決める。
「月二十~四十万円なんて今のわたしからしたら大出世だよ! これで一日一食から二食に……いや毎日三食ごはんが食べられる!」
まだ受かってもいないというのに、一人狭い部屋で踊り狂うルイ。
採用してもらえるという根拠もないのに、余程自信があるのか、もう正社員になれるつもりだ。
それから数日後の面接日――。
浮かれた日々を過ごしながら、彼女は貿易会社アンナ·カレーニナがある六本木へと向かった。
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