#2
もう何年も東京に住んでいるのにいまいちわからない地下鉄で迷いながらも、初めて六本木へと訪れる。
駅から出て、スマートフォンを頼りに辿り着いたのは、どこにでもあるような小さなビルだった。
ルイはゴクッと息を飲むと、出入り口にあったインターホンを押し、中へと通される。
それから個室へと案内され、そこで待っていたのはスーツ姿の男性だった。
見た目的に三十代といったところだろうか。
貿易会社ということもあってか、随分とフランクな印象を受ける人物だった。
「初めまして、僕は
灰寺と名乗った男に、ルイも頭を下げて挨拶をした。
まだかなり若そうだが、どうやら彼は海外へ
用意されていた椅子に座るように言われ、早速ルイが出した履歴書を見ながら、灰寺はふむふむと首を動かす。
「へぇ、高校卒業してから一人でこっちに? 仕送りもないの? そりゃ大変でしょ~」
気さくに進む面接。
ルイはこれは受かりそうだと、満面の笑みを浮かべて灰寺の質問に答えていく。
「それで、こっちに来てからはどうしてたの?」
「はい。派遣社員やアルバイトをしながら、ずっと自分のスキルが活かせる仕事を探していました」
「自分のスキル? 見たところ特に資格は持ってないようだけど?」
灰寺の言葉に、ルイは激しく動揺した。
たしかにいくら英語に自信があるからといっても、彼女の履歴書の資格欄は白紙なのだ。
今までもそのせいで面接を落ちてきたのだと思うと、思わず笑顔も引きつってしまう。
「資格は持っていないですが……。でも、英語には自信があります! わたくしのスキルを御社の貿易業ならば活かせるのではないかと!」
力強く声を出しながらも身体が強張る。
だが、ここで怖気づいてしまっては相手に悪い印象を与えてしまう。
そう思ったルイは、無理やりに背筋を伸ばしながら言葉を続ける。
「簡単に信用していただけるとは思ってはいません……。でも、それでも一度使ってもらえれば、必ずお役に立てると思います!」
「信用してもらえると思わないか……。それは実際に現場で力を見せるってことだね。いいね。英語は堪能なの?」
「はい! ビジネスで使うような英語は勉強中ですが、日常会話なら問題ないです」
「そいつは頼もしいね。僕なんて適当英語だけだよ」
ニッコリと笑う灰寺に、ルイは微笑みを返す。
灰寺は履歴書を机に置くと、その三日月のような口を開く。
「
「はい!」
「いいね。今どきめずらしいくらい覇気がある。やっぱ若い人はこうでなきゃ。じゃあ、とりあえず見習いからやってみる?」
灰寺が微笑みながら言うと、ルイは固まっていた。
両目の瞳孔を開いた状態で、さらに口も開きっぱなしだ。
「緩爪くん?」
小首を傾げて訊ねる灰寺。
ルイはそんな彼の手をガバッと握ると、瞳を潤ませながら声を張り上げる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ハハハ。君が必ずお役に立てると口にしたこと、期待してるよ」
「はい! はいはいはいッ! 必ず、必ず役に立ってみせます!」
こうしてルイは、貿易会社アンナ·カレーニナに、まずは見習いとして入社することになった。
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