#3
見習いとして入社したルイは、それから会社への業務に勤しんだ。
これまでの何一つ上手くいかなったことへに腹いせを一気に噴き出すかのように、彼女は仕事に励んだ。
当然失敗も多かった。
これまでパソコンなど触ったこともない人間が、いきなり使いこなすことなどできるはずもなく、さらには実際に電話での外国人とのやり取りには苦労してばかりだった。
それから中国、フィリピン、ラテンアメリカ、アフリカなど現地に飛んで、直接顔を合わせての通訳。
やはり動画サイトで覚えたことが役に立たなかったわけではなかったが、自国の言葉以外で他人と話す大変だ。
だがルイは未熟ながらも食らいつき、現地でメキメキとスキルを磨いていった。
一緒についていた灰寺の指導もよかったのだろう。
適当な英語しか話せないと言っていた彼だったが、現地人らと変わらぬ発音で会話をし、さらには密なコミュニケーションを取れるできる上司だった。
ルイは灰寺の提案で、スマートフォンの文字表示をすべて英語へと変え、さらには彼との会話をすべて英語で話すようにすると、およそ数週間で実力をつけた。
それは彼女が元から営業職に向いていたのと、これまでやりたくてもできなかった英語というスキルを活かせる場所を得たからだといえる。
そして、何よりもルイは一生懸命で仕事を楽しんでいた。
これまで閉鎖的な環境で、他人と関わることの少ない人生を送ってきた彼女にとって、誰かと会話をしながら互いに利益を生むというのは、多少辛くとも努力しがいがあるものだったのだ。
知らない土地――外国での華やかな仕事へと身を投じたルイは、自分の居場所はここだと信じて疑わない。
しばらくして、他の社員とも仕事をこなすようになったある日――。
「
「あッ灰寺さん! お疲れ様です」
「いいね、変わらず元気そうで。仕事のほうは慣れたかい?」
「はい。わたしにとって天職ですよ、ここは!」
「おいおい、言ってくれるねぇ」
久しぶりに日本へと戻ったルイは、灰寺から次の仕事の前に会わせたい人がいると言われる。
その人物とは、貿易会社アンナ·カレーニナの会長――
国蝶は何の実績も実務経験もないというのに、すでに一人で仕事が回せるようになっていたルイに興味を持ち、灰寺の推薦もあって彼女との面談が叶ったという。
「やったね、緩爪くん。僕なんか会長に会ってもらえるようになるの数年はかかったんだよ」
灰寺の運転で本社のある六本木の高層ビル街へと向かうルイ。
彼はハンドルを操作しながら、会長である国蝶に直接会えることがいかに凄いかを上機嫌で語る。
それは、そのままルイを褒めていることと同じだ。
ルイは、自分が認められたことに照れながら言葉を返す。
「わたしはただ無我夢中でやっていただけで、全部灰寺さんのおかげですよ」
「またまた謙遜しちゃって。でもまあ君には今後とも頑張ってほしいね。今は会社の業績も悪くないし、君の評価ならボーナスをもらえるようになったら半年分は確定だよ」
「そんなにもらえるんですか!?」
ルイは見習い期間ながらも月に二十万円もらっていたが、正社員になってボーナスが入ればさらに生活はよくなる。
給料はわかりやすい頑張りの目安だ。
入社後にも思ったが、自分の努力が形として出るかもしれないと思うと、ルイは目頭が熱くなってしまう。
そんなルイを見て、灰寺は穏やかな笑みを浮かべる。
「おいおい、そんな顔するなって、もっと笑いなよ」
「は、はい……」
「ハハハ。会長の前ではそんな顔しないでよ。僕が泣かせたと思われちゃうからね」
「灰寺さんですよ。わたしがこんな顔になったのは」
「勘弁してくれよ。会長は女性を泣かせる男が一番嫌いなんだからさ」
ルイと灰寺がそんな冗談を交わし合っているうちに、車は本社のビルへと到着した。
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