#41

灰寺は手に取ったノートパソコンを開いて電源を入れた。


だが、すでにバッテリーが切れていたようで画面が付かない。


苛立った灰寺は、何度もボタンを押しながら怒鳴り始める。


「おいつかねぇぞ! こいつの電源はどこだ!? さっさと持ってこい!」


社員が怯えながらそのノートパソコンの電源がないことを伝え、同じタイプの電源アダプターならパーティールームの楽屋にあると答えた。


灰寺は持ってこいと口にしていながらもじっとしていられないのか。


社員やインド人たちを退かして部屋を出てパーティールームへと走り出す。


当然、彼の後に社員たちも続く。


先ほどよりも慌ただしく移動し、パーティールームへと入って楽屋の扉を開けると、そこにはルイが立っていた。


どうやら彼女はトイレからここへ来て、灰寺のことを待っていたようだ。


どこに行っていたのかと不機嫌そうにしているルイを見て、灰寺の後ろにいたインド人らが何か気が付く。


「この女!? 間違いねぇ! 髪は切っているがあの女だ!」


インド人の一人がそう叫ぶと、彼らは一斉に拳銃を抜いた。


前に立っていた灰寺や社員たちを押しのけ、銃口をルイへと突きつける。


慌てて止めようとする社員たちを尻目に、一瞬で冷静さを取り戻した灰寺が「これはなんの真似だ?」とインド人たちに訊ねた。


インド人たちは答えた。


この女には仲間を殺されていると。


それは、以前にここでやった貿易会社アンナ·カレーニナ主催の人身売買オークションのお披露目会後に、軽墓とコンビを組んでいた男のことだった。


よく言われるインド人の特徴は、自分の利益を優先し、他人を騙すことに抵抗がないことと知られているが。


彼らのようなデリー出身(インド北部)の人間は自尊心や自負心が強く、身内が殺されたことに落とし前をつけずにはいられないようだ。


灰寺以外の社員たちは、必死に銃を下すように声をかけていた。


ルイは会長のお気に入りなのだ。


それに、その件に関しては軽墓が死んだことで決着はついているはずだと、ルイの前に立つ壁となってインド人たちを押さえている。


狭い楽屋で彼らが揉み合っている中、灰寺はルイへと声をかけた。


彼は、とりあえずこの場から去るようにと、呆れながら楽屋の奥へと歩を進める。


「わかりました。もう、だからあまりここへは来たくなかったんですよぉ……。それで、何かわかったんですか?」


「軽墓のパソコンが手に入った。もしかしたらだが、こいつに何か手がかりがあるかもしれない」


「ないとは思いますけどね、ワタシは」


ルイは語尾を強調するようにそういうと、楽屋の扉へと歩いていく。


彼女が前を通ると、インド人たちはさらに暴れ出した。


だが、さすがに身内と思っているアンナ·カレーニナの社員らを撃つわけにもいかず、ルイに向かってヒンディー語で暴言を吐くだけだった。


面倒は起こりかけたが、そのおかげで落ち着きを取り戻した灰寺は、楽屋の隅にあった収納ボックスを手に取った。


そこから電源アダプターを取り出し、軽墓の使用していたというノートパソコンを開いて繋ぐ。


正式名称IEC5009 Standby Symbol――電源マークを押すと電源が入り、ノートパソコンが立ち上がる。


灰寺は早速ホテルの無線LAN――WiFiへと繋ぎ、片っ端からパソコン内にある連絡用アプリを開き始めたが、彼が考えていたような内容のもの一切見つからなかった。


「ハハハ……。だよなぁ、ないよなぁ……。少々頭に血がのぼり過ぎていたみたいだ……」


自重するように笑い、壁に背を預けて頭を抱えながら笑う灰寺。


彼は思う。


ルイの言う通りだと。


中国にいたときにさっさと日本へと戻り、すぐにでも国蝶こくちょうのところへ行って状況説明と謝罪をするべきだったと。


自分は一体なぜ軽墓が生きていたなどと思ったのだろう。


奴が撃たれて海に落ちたのをこの目で見たというのに。


灰寺は、全身から血の気が引いていくのを感じていた。


すると、次の瞬間――。


楽屋内に銃声が響き渡った。


鮮血が飛び、暴れ出しそうだったインド人らとそれを止めようとしていた社員たちが血塗れになって倒れている。


「おいお前ら! 何やってんだよ!?」


灰寺が驚愕の声をあげる。


顔に飛んできた真っ赤な血を拭いながら、まさかルイを撃とうして同士討ちをしてしまったかと、声を荒げる。


まだ息のあった数人は「違う、自分たちではない」と、そんな彼に向かって首を左右に振っていた。


突然楽屋の外から撃たれたのだと、彼らは混乱しながらも訴えていたが、灰寺へと歩み寄ろうとした瞬間に再び銃声。


生きていた数人の社員、インド人らは両目を見開いて、その場にドサッと倒れてしまった。


「ひぃ! こ、これはなんなんだ!? おいなんなんだよこれは!?」


情けない声をあげ、灰寺は自分の身を守るために拳銃を手に取った。


ほんの数秒で楽屋が血の海となり、彼が落ち着きを取り戻した瞬間に部下たちが殺されたのだ。


それは、まるでジェットコースターのアップダウンのように、灰寺の心を激しく乱していた。


「まさか……お前がッ!?」


灰寺は楽屋の出入り口のほうを見てそう言葉を漏らすと、そこで彼の意識は完全に消えた。

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