#44

――目出し帽――顔ごと覆うバラクラバを被った女は、駐車場にいた男たちの全員片付けると、貿易会社アンナ·カレーニナ本社内へと足を踏み入れた。


エレベーターへと乗り込み、最上階にいる国蝶こくちょう·たまきのもとへと向かう。


だが、駐車場にあった監視カメラの映像で女が侵入してきたことを知ったのか。


途中でエレベーターは停止し、扉が開いた瞬間に激しい銃声が響き渡った。


アンナ·カレーニナの社員たちは、侵入者の女の動きを監視カメラで見ていたのだろう。


彼らは、人間離れした動きで、駐車場にいた仲間たちをあっという間に殺した女の実力を知っていた。


だからこそ有無を言わさせない――何も声をかけることなく、エレベーターの扉が開いたときに一斉に発砲したのだ。


エレベーター内が言葉の通り、無数の弾丸によって蜂の巣のようになっていたが、肝心の女の姿はなかった。


拳銃の弾を撃ち尽くした社員の一人が、恐る恐るエレベーター内へと近づいてみたが、やはり誰もいない。


一体どこへいったのか。


エレベーター内へと入った男が、仲間たちに女がいないと声を張り上げた瞬間――突然彼の脳天にナイフが突き刺された。


女は社員たちが仕掛けてくること察して、エレベーターの天井に張り付いていたのだ。


まるでアメリカンコミックヒーローのように壁に張り付き、獲物が気が付かずに蜘蛛くもの巣に入ったときのように、エレベーター内に入って来るのを待っていた。


社員たちはその光景を見て、すぐに拳銃のマガジンを交換して再び発砲。


しかし、女は脳天をナイフで突き刺した男を盾にしたまま、エレベーター内から出てくる。


盾にされた男は仲間の銃弾を浴びて即死。


侵入者の女はその死体を前に突き出したまま拳銃で応戦し、一人ひとり確実に撃ち殺していった。


社員たちが持っていたものが口径の大きな銃――たとえばライフルや、銃弾に装甲弾、マグナム弾などを使用していたら結果も違っていただろう。


だが所詮日本で手に入るような拳銃では、余程の至近距離でなければ骨に当たり、人の身体を貫通などできやしない。


フロアを真っ赤な絨毯じゅうたいへと変えた女は、盾にしていた男の死体をエレベーターの外へと放り投げ、閉じるボタンを押した。


そして、まるで何事もなかったかのように、再びエレベーターは最上階を目指して上がっていく。


誰も女を止められない。


女は上がっていくエレベーター内で、ナイフに付いた血を拭い、マガジンを交換する。


最上階で待ち構えている可能性のある敵を殺すための準備をする。


準備を終え、女が肩を上げ始める。


左右の腕を伸ばし、首を回す。


エレベーター内の壁が蜂の巣になっている中で、ずいぶんと違和感のある絵面だ。


女が身体をほぐしていると、エレベーター到着の合図――チャイム通知音の効果音が鳴る。


柔らかめ音色で、単音がポーンと一回だけ鳴ると扉が開く。


出迎えは誰もいない。


おそらくはここまで彼女が来るときに通った駐車場、そして先ほどの止まったフロアにすべての社員たちがいたのだろう。


もはや国蝶を守る者は、アンナ·カレーニナ本社内にはいなくなっていた。


女は最上階のフロアへと歩を進め、会長室を目指す。


まるで以前に来たことでもあったかのように、迷うことなく長く豪華に彩られた廊下を歩いて行く。


そして、会長室の扉の前で足を止めると、当然ノックなどせずに中へと入った。


だが、そこに国蝶の姿はなかった。


広々とした会長室には、彼女のデスクと世界中から取り寄せたのであろう多国籍なインテリアが置かれているだけだ。


床を埋め尽くしているペルシア絨毯には、デスクの上にあった鋭利な何かで斬られた大画面モニターの上部が転がっている。


扉を開けてその光景を見た女は、会長室へと踏み込むと、彼女の背中から声がかけられた。


「動くな」


太く低い女の声――それは貿易会社アンナ·カレーニナの会長である国蝶·環の声だった。


国蝶は、構えた拳銃の銃口を女の後頭部に突きつけながら、その太く低い声で言葉を続ける。


「手を上げろ。けして、こっちを向くなよ」


そう声をかけ、国蝶が次第に女との距離を詰めていく。


その返り血を浴びた全身を、まるで舐めるように眺めながら静かに歩を進める。


このまま問答無用で撃ち殺すべきだったが、国蝶には侵入者に訊きたいことがあった。


一体誰の命令でこんな大それたことをしたのか。


灰寺とルイと連絡が取れなくなったことに、女は関係しているのか。


ここ最近で起きた自分の会社――貿易会社アンナ·カレーニナの顧客らが消息不明になったことにも関わっているのか。


国蝶は何か情報を聞き出そうと、女の背後へと銃口を向けながら張り付く。


「今から私が訊くことに答えろ。余計な動きを見せれば即座に撃ち殺す」


そして、脅し文句を口にすると、知りたいことを訊ねた。


お前の雇い主は誰だと。


灰寺とルイは生きているのかと。


落ち着いた声色で、静かに女に質問をした。


だが、女は何も答えなかった。


ただ国蝶に言われたまま両手を上げて、彼女に背を向けたままでいるだけだ。


「答えないのか? それとも答えられないのか? ……もういい。そのままこっちを向け」


しびれを切らした国蝶は、女に自分をほうを向くように指示した。


女は逆らうことなく、身体を彼女のほうへと向け、変わらぬ姿勢を保っている。


国蝶は右手に拳銃を構えたまま、左腕を女の顔へと伸ばした。


「とりあえず、隠しているその顔をおがんでやる」

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