第35話

 カイゼルは首相官邸へ向かっている車中で苦難の日々を思い出していた。

 幼かった皇帝、いや、皇帝ですらなかった頃のエリザベートと側近たち。

 国を滅ぼし、国を作り、惑星を手にし、惑星戦争で母国が滅び、そして宇宙を走り回った日々。

 自分は途中で隠居したが……死ぬまでに新しい土地が見つかってよかった。後は……同化政策と宣撫だけ……。


 急ブレーキにより現実へ戻ったカイゼルは日本から派遣された運転手に何があったのか尋ねた。


「前に人がいるんですよ!」

「ああ、そうか……横断を待てばいいじゃないか。急ぐことでもないし」


 その瞬間、衝撃と閃光がカイゼルを襲った。


 カイゼルが目を開けたとき、車も運転手も消え去っていた。

 自らも負傷し、多少吹き飛ばされていた。


「同じ日本人を殺したのか?」

「嘘よ、敵だって言ってたしね」

「そもそも命令ですしね」

「しゃーないわ、いけ好かんおっさんがそう言うてるわけだしな」

「ここで皇帝を討てば終わる、どこ?」

「早く終わらせたいわ~」


 なんだこの……最低限の決まり事を守る気もないのか?降伏文書の署名を首相が書くだけだぞ?正気かコイツらは!

 ピュアハーツが出た時点で狂気でも正気なんだろう。

 ここまで愚かなのか!!


「皇帝は何処!」

「たかだか……」


 たかだか降伏文書の見届け程度でわざわざ皇帝陛下が来るわけなかろう。大々的ならともかくこんな小規模で出せば侮られるからワシが出たんだ!

 どこまでも舐め腐りおって!


「ワシが……皇帝よ」

「嘘!」

「女性だったはず!」

「なんやて!」

「は?」

「意外ね~」


 そんなわけ無いだろ、こんなアホで大丈夫か?いやもう滅びゆくものなどどうでもいいか。


「ワシを討てば勝てるかもしれんな!」


 そんなわけ無いだろう、滅ぼすだけだったら最初の一日で終わってるわ。度し難いアホどもめ。

 これでも大昔は前線で戦っていたのだぞ、こんな宇宙の果の我が国に劣るところしかない田舎国家に負けるか!


「喰らえクソども!」


 拳が赤いのに入った、ケリを黄色いのにいれて青いのを投げ飛ばす。

 雑魚ではないか!この程度の雑魚どもに手こずって……。


「「「「「ピュアバズーカ!」」」」」


 投げ飛ばしちょうど散らばる配置になったピュアハーツはヤケクソで通用しなくなったであろう技を出す。


 ふん、確かヘブンに劣る技のはずその程度の技で……。

 思ったのもつかの間、吹き飛ばされてビルを1つか2つ貫通して止まる。


「敬老精神くらい持ってほしいものだな!」


 追撃にかかるピュアハーツに吐き捨てて殴り飛ばす。

 皇帝だと思っているから全力で攻撃するピュアハーツ、皇帝でもないので相手に技を吐き出させ続ける方に回るカイゼル。


 おそらく教え子たちはこの戦闘を見てないだろう、もう30分後の署名だけ見ようとまだ集まってないはずだ。

 30分引延せば……。

 どうせ署名だけだと思って何も持ってきてないのが悔やまれる、連絡も転移で逃走もできん。

 引退の際に子機を返さなきゃよかった、借りておけばよかった。


「みんな!ここで終わらせるよ!もう一度!ピュアヘブンだよ!」

「はい!」

「やるで!」

「うん!」

「やるわ!」

「「「「「出力最大!五光照覧!ピュアヘブン!」」」」」

「二度も効くか!」


 そう言い放ったカイゼルであったが、出力最大は嘘ではなく、見事に重症に追い込まれたのだった。


「見事だ、名乗れ!私はカイゼル!」


 ゼエゼエとしているピュアハーツにそう語りかけるカイゼル。もはやこれまでだなと内心思いながら自分が死ぬならやはり戦場が良かったとくすぶっていた心が動く。


「こ……この世の悪を焼き尽くす!灼熱業火!レッドハーツ!」

「邪悪な心をこ、凍らせる!氷河凍土!ブルーハーツ!」

「大地の怒りを思い知れ!森羅万象!グリーンハーツ!」

「天空の怒りその身に宿せ!神罰神雷!イエローハーツ!」

「愛は世界を包み込む!はぁ……博愛の女神!ピンクハーツ!」

「「「「「世界の平和は私達が守る、地球に輝く5つの光!防衛戦隊ピュアハーツ!」」」」」


 愚かだが見事だ、あの馬鹿げた力、たしかにエリザベート由来だな。


「バルサク宇宙帝国皇帝!あなたの悪事もここまでよ!」

「弾圧した人間の恨みを思い知れ!」

「あんたらの支配もこれまでや!」

「圧政はおしまい!」

「今日が世界とバルサク宇宙帝国の独立記念日よ!」


 何を言ってるんだコイツ?弾圧?圧政?

 まぁ支配はしてるしそれに反発するのもわかるが、前よりいい統治はしてるぞ?

 まぁ、今となってはどうでもいいか、我が教え子なら俺の死も利用できるしな。


「うちは序列制度だからすぐに後任が付くぞ、そもそも元は非支配者層だったからな。圧政とかは上から下まで大嫌いなんだ」

「「「「「は?」」」」」

「それとワシは皇帝養育係だ、教育係でも元老院議員あるがね」

「皇帝だって言ってたじゃない!」

「皇帝よ、といっただけだ養育係と言おうとして噛んだんだ」

「嘘でしょ!」

「本当だ、何度も放映してるだろう。エリザベートが皇帝だ」

「じゃあなんのために……」

「後、降伏交渉ならともかく降伏が決まって調印を見届ける人間を殺そうとするのは多分この星でもNGだと思うが」

「全部無駄だったんか?」

「何が無駄かは人によるだろう、少なくとも私には無駄ではなかった。これで世界も日本に温情をかけられないだろう」


 これで、徹底的にやれる、23区が消し飛んでも再建するという方にはならない。

 消し飛んで当然。負担も減るだろう。

 人の命を使った教育とはこういうものだ。自分の命を使ったのなら十分な成果だ。


 呆然とする五人を他所にカイゼルの体はゆっくりと消えていった。

 戦闘を30分引延せなかったものの、帝国の立ち位置では高位のものだった彼が死んだことはアラートで幹部たちに伝わり即座に会議室に集合することとなった。






 鉄壁泰造は首を絞められていた。

 ひ弱な総理が血走った目で怒鳴りながら自分を壁に押し付けて今にも殺そうとしている。

 不幸なことに彼の首は太く、背は高く、とても殺せはしないことだ。

 鉄壁もここで殺されたらどれだけ楽なんだかと思いながら総理を見る。

 もはや彼の叫びは聞こえない。

 私は命じていない、エデソン?いや命じないだろう……。既定路線だ、今更ひっくり返したところで……。


 私の目に総理が映っていないことに気がついた総理はフラフラと部屋を出ていく。警備すらいない首相官邸で私は一人立ちすくんでいた。

 これはもう終わりだな、本当の終わりだ。


 鉄壁は地球防衛軍本部に向かう、あれだけの大事だ、これで終わりだ。ここは戦闘区域ではない、安全だと思っていた人間は慌てて逃げ去り車ももはや走っていない。自家用車で数分の距離の地球防衛軍に到着して裏口の専用口から地下に向かった際。

 轟音が聞こえた。


 それが何かわかったのは地下エレベーターが最下層に到着しエデソンと顔を合わせたときだった。

 霞が関周辺が数分前に破壊されたと聞いて鉄壁は思った。

 自分はつくづく運がない、あそこで死んでおくべきだったと。

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