第51話

「これは……?」


 エデソンがいない間社長を代行として取り仕切る鉄壁は大量の書類を見て辟易としていた。


「アルバート社長が買増した権利書ですが?」

「どこの島だこれは?」

「カリブ海ですね、詳しい場所はこちらに……」

「ああ、このあたりか、ここ島が多いからな……。未だに何がどれかわからない」

「イースター島とかそのへんしかわかりませんね」

「まぁ、なんでもいい。土地を押さえておくことは有用だ。バルサク宇宙帝国は小島だってうまく物流拠点にできる技術がある。今のうち買い占めておくことは大事だ、旧首都一等地よりも使い道のない無人島を優先的に抑えて、規模的に海洋拠点に使えそうで使えない拠点を抑えておくことが最も重要だと社長も言っていた。仮に使えなくてもバルサク臣民避暑地か休暇地としての流用性がある。なにせむこうは移動は自由気ままにだ。単純に100億増えると考えたほうがいい。生活も何もかも変わるのなら観光スポットの夕焼けより、無人島で安全に自然な夕焼けを見る選択肢も増えるということだ」

「つまり海洋関係と縁遠ければ観光業に回すのでよいのですね」

「そういうことだ、南洋以外も抑えておくことは大事だ、誰もが南洋に憧れを持ってるわけでもないしな。」

「だから凍土みたいな島も買っているんですね」

「そう、活用できるからな、保存食の運び入れも順調か?」

「もちろん、そもそも買収しましたしね」

「経営関係はともかく商品開発には余計な口を出すな、分野外で変に口を出すと不良品やら欠陥品を量産されるぞ」

「もちろん、ああいうものは保存と美味しければいい、究極的にはそれだけですしね」

「そうだな、究極的にはな」

「それでは他に手を出せそうな場所を探しておきます、いまは二束三文どころか旧仁保年で数万円単位で売られてますからね」

「アフリカのバルサク植民地域の発展か……。GDPが戦前日本の10倍か……広いとはいえ、あまりにも……」

「軍事的にも要所は無意味になりましたからね、ロッキー山脈みたいになったら終わりですし、ここまで長引いたのはバルサク宇宙帝国側の核への警戒と除染問題、地球側の市民感情ですから。いまとなっては……」

「特になしか」

「うっかり怪人が巨大化して死んだら街ごと消えますからね、いくらピュアハーツが世界の他にいないとしても怪人に対戦車ミサイルをぶち込まれてうっかり巨大化したら……どうなるんですかね?もどるんですかね?あれは?」

「それはバルサクの方に聞いてくれ」

「まぁ、巻き込まれて死にたくもないですし、バルサクは全員臣民でいいという雑な括りですからね。100年200年もすれば同化すると思ってますしね」

「雑だなぁ……」

「我々より寿命が長いみたいですしね、もっとも我々もどうかした際にはそれくらいに寿命になるようですよ。遺伝学だかなんだか知りませんけどね」

「それ、地球に住めなくなるんじゃないのか?」

「戦争でバルサク人口が100億以下まで減ったから回復が急務らしいです、食料生産も増産傾向でそもそも食料自体は無性にしてしまおうとしてるようですからね。また他国星団あたりと戦争になるかもしれないから備えたいとかバルサク宇宙帝国広報が報道してました」

「どこだそこは?」

「さぁ?そんな侵略者と戦うためバルサク宇宙艦隊が主力で戦う際に守備戦力として地球防衛軍を設立するとかなんとか」


 その言葉を聞いた鉄壁は内心とてもげんなりしていた。

 改めてその名称で作るなんてなんて趣味が悪い、しかも守備戦力でしかないのがたちが悪い。

 主力を置くまでもないということか、本体が地球を襲撃してもバルサクの宇宙艦隊さえあればいいとこ言うことだろうか?


「役に立つのかな?」

「少なくとも前の地球防衛軍よりはよほど役に立つでしょう。なんの役にも立ちませんでしたからね。街は壊すし、敵を爆発させるし……。これで平和になるのかと思えば。なんでとっとと降伏しなかったんだか理解に苦しみますよ、これだから政治家の連中は……。敗戦前にとっとと逃げ出すし、地球防衛軍のお偉いさんも建物の下敷きになったとか、最後の最後に余計なことしたせいで東京なんて霞が関のあたりはいまも復興してないらしいですからね。見せしめでしょう」


 内心ガクガクで暗殺を避けるためとか言って基本顔を隠しててよかったと思った鉄壁は自分が元地球防衛軍トップですと言おうものならビルから突き落とされるんじゃないかと思った。

 なお、エデソンはしっかり顔を隠している。バルサク幹部陣の目には通用しないが。


「そういえばピュアハーツも戦死したんですかね?」

「さて?」

「連中の攻撃で前の会社は怪人だか戦闘員がぶつかって倒産に追い込まれるし政府は保証してくれないし、生活保護をくれたのはバルサクだし……。一番悪いのはピュアハーツですよ」

「一応日本のために働いてたし……」

「戦地から遠いのに砲弾がぶつかって知らん顔するような軍隊ならいないほうがマシですね、敗戦万歳ですよ、こうしていい企業で稼げるわけですし。日本で地球防衛軍を応援してるのなんて危ない国粋主義者くらいのものでしょう」

「ま、そういうものか……」

「だいたい志願制で給料ももらっているのに働いてるからなんだって言うんですか、私だって会社が壊れる前は貿易会社で働いてましたけど、自給率の低い食品を輸入して褒められたことなんてありませんよ!アレがなければ無職で死にかけることもなかったのに!関西周辺だと評判が最悪ですよ!バルサクの偉い人たちも食べ歩いてますしね、金払いもいいし同じ店で鉢合わせると奢ってくれますよ。なんだか元老院の議員さんらしいですけど」

「神奈川か、そういえば関西弁じゃないんだな」

「もとは神奈川ですよ、作戦初期に東京でドンパチしてたからこっちに逃げてきたんです。読みは当たったけどそれだけですね」

「まぁ、結果的に良かったんじゃないか?」

「そうですね、おかけで私も大金持ちですよ。どこぞの国みたいにレジスタンスもあばれてないし」

「そうだな、あと……」

「なんです?」

「そんなに奢ってくれるのか?向こうの議員」

「いまこの店にいるやつは全員支払うぞって感じですね、ここのところ毎日料亭で……」


 今まで話していた諸島購入を担当してる社員の携帯がなる。

 鉄壁は眼で許可を出し応対させる。


「あ、どうも……。ええ!ええ!今日も!ぜひご相伴に預からせていただきます!峰副社長、先程の……今日は料亭に行くそうですが伺いますか?」

「…………」


 何を言ってるんだと鉄壁は思ったが、出るかどうか悩むくらいなので私的なものとは限らないだろうと思い予定を空けると返答した。

 そもそもバルサク宇宙帝国の元老院議員だ。ツテはあったほうがいいだろう。


「あ、はいはい!ウチの副社長も伺うと、ええ!ええ!副社長、なにかお好みは!?」

「寿司とか鮮魚とか……鍋も好きだな」

「寿司、鮮魚系、鍋も可能ということです!はい!もう到着を!?ああ、はいわかりました。それではまた後で、はい、はい、ありがとうございます」

「それで?何が?」

「もう到着したから食べてる、仕事が終わった後来てくれればいいと。やりましたね、アメリカの太平洋諸島の管理を任されてる方なのでハワイ以外の各諸島を売る準備があると」

「なに!そんなに!?大物すぎないか!?」

「たまたま串カツ食べてるとこで知り合ったんですけど話があって……」

「何の話があったんだ?」

「娘と見ている日曜にやってる変身する女の子の……」

「ああ、あれか!」

「バルサクではその手の作品が流行ってるようで漫画を書い漁ってるらしいです。絶版の本を再販させる組織を作ったとかなんとか」

「やることが派手だな……」

「これで旧アメリカの諸島は抑えられますよ!また儲かりますね!バルサクの法に改正前に売り抜けましょう!」


 ただ単に撹乱するために買ってるだけなのになんでこうなったんだ……。

 利益も出そうなところがまたいやらしいな……。


「そういえば今日社長はどこに?副社長と別に動くのは最近では珍しいですね」

「私が行くとこじれるからここで代わりに働いてくれと言われてね」

「副社長が?珍しいですね、どのような相手ですか?」

「どのような、か……。謝罪する相手だな。社長とは仲が良いんだが……」

「来るなと言っても押しかけて謝罪するのは自己満足ですからねぇ……。ドラマじゃないんだからそこまで言うなら許そうとはなりませんよ。噂で聞いたことありますけど今の大企業のことですが、創業時に揉めた会社は未だに出禁で取引はしないらしいですよ。揉めた小さな会社のほうが。現実はそんなものですよ、謝罪したから許せと言われても許せるわけないんですし、謝罪したから許せと言われても内心はやなこったって感じですからね。実際は上から許せと言われたら許さざるを得なかったりするんですけど。社長がなんとかしてくれるならいいんじゃないですか?」

「そうだな、社長に頼って……ばかりだ……」

「副社長も部下に気を配れるいい上司ですよ、神奈川の時の上司よりいいですよ。ミスを押し付けても来ませんし、差し入れも各部署に送ってきますしね」

「会社を家や、ある種の国のように安心できる場所にしたくてな……。ブラック企業みたいな感じのほうじゃなくて……」

「……なるほど、その優しさで救われた社員も多いですよ。ここ大企業から下請け切りされて倒産したとか、戦争で保証なく倒産に追いやられた人間が多いですからね」

「そうか、そうなのか?」

「いきなり優秀な人材が大企業やめてくるわけないじゃないですか、たまたま仕事がなくなって、そこにあった会社に入ったらいい会社だった、そんなもんです」

「そうか……」

「だからみんな社長と副社長には感謝してますよ、1月前には家すらない社員もいたのに……あんないいアパートを半額以下で貸してくれるとは……。しかも補助金もでるから実質数千円ですよ?」

「被災した人を救いたい面もあったからな」

「本来は上がやること……ああ、元の上でしたね。バルサクはよくやってますよ、もちろん我が社もよくやってますけどね!」

「そうか……」

「では私はこれで、東南アジアの島の買い取り会議をまとめてきます、副社長は?」

「いや、任せる。社長の業務代行があるからな、重要な書類を今日中に作らなければならない」

「わかりました、会議後にまたこちらに」

「ああ、頼む」


 でていく部下を見て鉄壁は書類を正式な手続きのものに変えていく。

 人類共同体国家株式会社の所有から株式会社の文字がない正式なものに変えて人類共同体国家という国家に錯覚させる。

 自分のやってきたことは間違いだったのか、それとも今やってることは偽善なのかマッチポンプなのか。鉄壁にはわからない。

 ただ、エデソンだけに任せてしまうのは……自分と国の尻拭いをさせるのは……どうしてもしたくはなかった。

 官僚や大臣に面と向かって文句を言われたことがあるが、自分の命令の結果の所業を自分のせいだだと思われずにぶつけられる方が心に来る。


 鉄壁は悲しいことにいい上司であった。それは前職でも今でもそうであった。

 ただ彼女たちにとってはそうではなかった。

 だからこそ、彼は……責任を果たしたかったのかもしれない。

 人類共同体国家の名義に変えながら、当初騒動を起こす予定であったバルサクのお偉いさんがウロウロする街での行動を諦め、乾坤一擲の敗北の一撃を控えながら島の位置を記憶していった。

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