デート? ううん、これは視察! 4

 馬車が目的地に到着し、リヒト様に手を取ってもらいつつ馬車を降りる。


 屋敷から出られなかったので、ずっと見たことがなかったクルークハイト伯爵領の領地。


 秋に差し掛かった為、光を受けて金色に輝く小麦畑。ミルクがたっぷりと入った缶を持って歩く領民。牧羊犬に追いかけられるモコモコの羊達。……牧歌的で、中世の西洋画のような光景が目の前に広がっていた。


 大きく息を吸って、――深く吐く。

 干し草のようないい匂いがする!


 外出が久しぶりの私にとってはもはや天国! せっかく外に出られたのだから満喫して帰らなければ。


 すっかり私の心は、遠足にやって来た小学生だった。



「リヒト様、後であの羊って触れられたりします?」

「え? あ、あぁ構わないと思うが……」



 リヒト様にしてはどうも歯切れが悪い返事だ。どうかしたのかと思って身長の高い彼の斜め前に立って振り返り、表情を伺うと。……羊がいる方向を見ないようにしている気がする。



「もしやリヒト様は羊が苦手……?」

「羊の瞳孔が横向きなのが、不気味で苦手なんた」



 初めて知ったリヒト様の苦手な物に……少し嬉しくなってしまって。「そこが可愛いのに」なんて言いながら、少し先にあるという学舎を目指し、一緒に歩く。


 こんなちょっとした日常会話ですら楽しくて、もっと彼のことを知りたいと思ってしまうのは……やっぱり恋のせい。

 本当はこの恋は仕舞っておかなければならない物なのになぁと自嘲しつつ、悟られぬようにいつも通りを心がけた。



「伯爵様ー! 後でうちの野菜持って帰ってくださいよ。今年のは質が良くて美味いんだから」

「息子がね、無事に医者になったんだよ。本当に伯爵様のおかげだ……感謝してるよ」

「本ありがとう! 毎日妹と読んでるんだ」



 ちょっと歩いている間にもリヒト様は沢山の領民に話しかけられる。そんな領民達は本当に心からリヒト様に感謝している様子で。

 ……いつぞやに王宮の牢で看守をしていたおじさんが「そんな場所に生まれなくて良かった」と、クルークハイト伯爵領を評していた事を思い出した。


 だからリヒト様は領民から嫌われてしまっているのだろうかと少し心配していたが、そんな様子は少しもない。


 息子が医師になったとお礼を言っていた男性がいたが、流石にこの世界であっても医師になるには勉強が不可欠なのでは無いだろうか?



「みんな嬉しそうでしたね」

「当たり前だろう。その土地の地質を調べて相応の肥料をやれば作物は良く育つ。知識があれば貧しい家庭であっても安定した収入を得られる職に就ける。知を求めるのはごく自然なことで、それを悪として避ける理屈が私には分からない」



 私からすればさも当然なことを言っているようにしか聞こえないのだが、この世界の常識からすれば大層異端な考えになってしまうのだろう。



 神と同じように歌って踊って楽しく暮らすのが良しとされるこの価値観は……一体どこから生まれてきた物なのか。


 知識は太古の時代から時には魔法のようだと言われながらも積み重ねられて、長い年月をかけて進化していく物。

 決して原始的な生活をしているわけでは無いこの世界の人々は、きっと歴史のどこかで文明の進化を繰り返してきているはずなのに……どうしてこうも知識を悪にしてしまうのか。



「……私も同じ考えです。このクルークハイト伯爵領には、同じ考え方の人が沢山いるみたいで良かった」



 元々そういう土地だったのか、リヒト様の努力の結果こうなったのかは分からないけれども。



「しかし私は常々疑問を感じている。神々がそのように遊び暮らしているなど誰が見て伝えた? 天地を創造した神が無知識だとは思えない。神を敬いその姿を目標にするのならば、我々はむしろ知を求めるべきだろう。……現在の常識は、まるで何者かが悪意を持って人間を貶めようとしているようにしか見えないな」



 リヒト様の言葉と、私の考えが繋がった。



 ――どこかに、今まで積み上げてきた文明の進化を捨てるように図っている……何かがあるの?

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