この国をもっと知りたい 2
どうやらこの国はここ数年水質汚染に悩まされている領地が複数あるようだ。
中でもメーティス様が暮らしているヴァイゼ侯爵領は特に深刻な部類らしく、安全な水を隣の領地から購入しているばっかりにそれが領地の重荷となっているらしい。しかも水が高いからと、貧しい領民は危険だと分かっていながらも汚染された水を使っているという。
日本では近年水質汚染なんて話はあまり聞かなかったが、過去には沢山の事例があった。メチル水銀化合物が排水されたことで地元住人に健康被害が生じた水俣病など、教科書に出てくるようなメジャーな物は私でもいくつか知っている。
「ちなみにどのような原因で水質汚染が起こっているのですか?」
「神様からの天罰。怠惰に生きることを放棄した人間がいる為に起こるものだとされているわ」
「そんな……」
そうだった。この国では科学は……あまり発展していないのだった。日本がかつて行ったような、科学による原因追求と解明、改善までへのプロセスは描けない。
きっと原因があって、それによって水質汚染が起こっているはずなのに。
「私は神だなんて信じていないけど、こんな世論だからこそ、このクルークハイト領が……リヒトが悪く言われるのよ」
――悪辣の統治者。
ただ勉学を推進しただけなのに。本当に真面目で努力家なのに。……絶対に水質汚染にリヒト様は関係無いはずなのに、なぜか矢面に立たされてしまっている。そんなの許せない。
それに、私の中に湧いた一つの疑念がある。
「……もしかして、私がこの世界に召喚された理由はこれなの?」
ずっと心のどこかに引っかかっていった事だった。聖女は国の未来を占うために召喚されると……王子(仮)が言っていた。ならば私が召喚された理由があるはずだと。異世界から召喚した者に頼りたいと思うほどの何かが、この国にはあるはずなのだ。
そしてそれはきっと……一大事な事件のはずで。のこのこ出て行って火に焚べられ殺されるのはごめんだけど……ここでこうやって隠れ続けるのもいかがなものか、とはずっと思っていた。
「確かに関連する貴族達が王宮に対して訴えは起こしているわ。でも神を冒涜したせいだと言って門前払いも甚だしい対応なのよ……? なのに聖女召喚の儀まで行うかしら」
可能性が無いわけでは無いけど……とメーティス様は思案する。
……あ、もしかしてこれってメーティス様に言ってはダメな事でした? 私、このまま王宮に連行されて火に焚べられるパターン?
リヒト様のお姉様なだけあって纏う雰囲気もそこはかとなく似ているメーティス様にはつい気を許してしまうが。……私は聖女としてこの国の人達に命を狙われているという事がすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。メーティス様が私の味方かどうかは確証が持てないのに。
「ごめんなさい。メーティス様の為であっても、火に焚べられるのは嫌です」
「え? 安心なさって、そんな事をすれば私がリヒトに亡き者にされてしまうわ。姉弟でそんな醜い争いを起こす気は無いし、そもそも聖女召喚は反対の立場を取っている貴族も多いのよ。ちょうど半々くらいかしらね?」
やっぱり異界の人間であっても、火に焚べるのは殺人だから……とさらりと説明してくれるメーティス様。
……安心したというか、醜い争いを想像して余計に怖くなったと言うか。
「あの……宜しければこちらをお使いください」
長話が過ぎたのか、いつの間にかマリーちゃんが椅子を2脚用意してくれていた。そろそろ部屋に戻らなければと話を切り上げようとしたが、「あら、ありがとう」と言いつつメーティス様が腰掛けてしまう。
……え、まだ話続けるの? こんな埃っぽい廊下で?
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