この国をもっと知りたい 3
「せっかく椅子を用意してくれたのですから、もう少し教えてあげますわ。実はこの、神を見習い怠惰に生きることを美徳とする考えは、ここ200年くらいに広まった新しい考え方なのよ」
まさかの、私がずっと疑問に思っていた事の解答をメーティス様が持っていた!
即座に椅子に腰掛けて、続きを待つ。
「ふふっ、そういう所リヒトにそっくりね」
「……か、揶揄うのはやめて下さい」
そっくりと言われて少し恥ずかしく思ってしまうが、それを言うなら昨日活版技術について説明していた時のメーティス様だって、目の輝きがリヒト様そっくりだった。
「……それで、200年以上前はまさにリヒトやキーちゃんのような、勉学を重視する考えが主流だったそうよ。当時王宮が召喚した聖女の神託によって今の考えは広まったの」
その後も、メーティス様は私の知らなかったこの国の歴史をかい摘んで説明してくれた。
やはりこの国には脈々と受け継がれてきた文明が存在し、元々は勉学も推奨されし事だった。
そして200年前。公害に悩んだ王宮は聖女を召喚。そして火に焚べて……この国の未来を占った。その結果出た答えが「神々のように生きる事」だった。勉学は悪とされ、文明の発展は中断。……徐々に昔ながらの姿・生活へ回帰していくようになり、それが良しとされるようになる。
……やっぱりこの国には、勉強が悪とされた原因があったのだ。
私が暮らした日本……いや地球は、そこから更に研究を重ね技術を積み、文明を発展させることで公害を乗り切ってきた。でも、この国は逆に後退することを選んだ。
だからこそ勉学は……リヒト様は、あれほど後ろ指を差されてしまうのか。
「……知りませんでした。リヒト様も、教えてくれれば良かったのに」
「私も、侯爵家に嫁いだからこそ知ったのよ?」
リヒトは知らないかもしれないわね、なんて呑気に話しているメーティス様。いやいや、是非リヒト様に教えてあげてほしい。むしろ私が今教えに行きたいくらいだ。
「昔に回帰することによって、確かに公害は減ったの。それでもどうしても残ってしまう文明跡だってあるでしょう? 便利なモノってなかなか捨てられないから。……きっとヴェイゼ侯爵領は鉱山を捨てられないから、神から罰を受けているのよ」
「……鉱山?」
鉱山と言えば、まさしく公害を引き起こす原因の一つだ。
もしかして、ヴァイゼ侯爵領はただ単に鉱山から流れる有害物質が水質汚染を引き起こしているだけなのではないだろうか?
神からの罰でも何でもない。でも……科学の知識がなければただの天罰に見えてしまっても仕方がない。
日本、いや地球も、進むことを諦め昔へ退行する事を選んでいたら、その先に待ち受けていた世界はこの国と同様だったのかもしれないと思うと……ゾッとしてしまう。
「メーティス様、もう少し詳しく教えてください。その鉱山では何を採掘しているのですか?」
急に鉱山の話に食いついた私に少し驚いたようだが、メーティス様は微笑み情報をくれる。
「もしかしてキーちゃんには何か解決案があるのかしら? ……いくつかの鉱物を採取しているのだけど、中でも多いのは鉛よ」
鉛……まさに公害を引き起こしやすい物質だ。高校生の私であっても、摂取すると問題が起こる鉱物だと知っている。……確か、子供や妊婦は特に駄目と言われていたはず。
「汚染された水を摂取していた人って、特に子供に影響が出やすかったりしますか?」
「ええ、そうよ。悲しい話だけど早産になってしまう妊婦が明らかに多くて、そこから汚染が発見されたの。無事に産まれても障害がある赤ちゃんも多くて……」
実は私もなの。……メーティス様は自らの腹部に手を当てた。
……何と言えばいいのかもわからず、私はただただ唇を噛んだ。
多分私の予想は当たっている。きっと鉛中毒が広まっているんだ。
でも……私には解決法が分からない。水に溶け出した鉛イオンをどうにかして取り出せばいいのだろうけど、そんな方法……学校では習わない。
「ちょっと待ってて下さい!」
そう言い捨てるようにして、私は椅子から立ち上がり自分の部屋に向かって駆ける。そしてリヒト様に教える時以外はすっかり開かなくなってしまった化学の参考書を持って、再びメーティス様の元へと走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます