……歯?
「やっと来たか。遅い」
遅いと言われたって、私はカリオン王子が管轄しているのであろう兵達に連れられて来ただけなのですが。……と文句を言いたい所だが、とりあえず黙っておく。またカリオン王子と喧嘩になっては、この後のリヒト様の計画の邪魔になってしまうかもしれないからだ。
兵達は私を部屋の中へと押し込んだ後、カリオン王子の命令の下退出していった。
連れてこられたのは、私が聖女として召喚されたのとは別の部屋だった。ただシンプルに椅子がいくつかあって窓があるだけの、何の用途に使うのか全く想像できない部屋。何回か階段を登らされたので、高層階だということしか分からない。
てっきりあの燭台の中で火が轟々と燃えている……聖女として召喚されたあの場所へ連れて行かれるものだと思っていたのに。
「この場所で何を?」
私の問いに対してカリオン王子は窓を指差す。
……窓の外を見ろということ?
そう思ってゆっくりと窓に近寄り外を見る。
見えたのは外の風景ではなかった。見下ろした先にあるのは赤々と燃える炎。それを取り囲む貴族のような人々。私が聖女として召喚された時に見た、あの風景を上から見下ろしている。
そして――その大きな燭台の火の前に立っているのは。
「……リヒト様?」
見間違える訳のない、特徴的なアクアシルバーの髪色。今日もきっちりと整えられているが……その表情には疲れが見えた。眼鏡の反射のせいで細かい表情は見えなかったが、もしかしてあまり眠れていないのではないだろうか。
――私のせいだ。
胸がギュッと苦しくなった。
「さて、全員揃ったからショーを始めようか」
カリオン王子がそう言いながら私の横に並び立つ。そして窓を開けて見下ろした先に居る役人か誰かに手で合図を出した。
「ちょっと待って。……リヒト様に何かしたら許さない」
何故リヒト様が火の前にいて、私がこんな高みの見物をさせられているのか理解できない。
普通逆じゃない? と思うと同時に、まさか私の代わりにリヒト様を火に焚べる気なのでは? と、一番最悪な展開が脳裏を過ぎる。
どうしよう……ここからではすぐにリヒト様を助けに行くことが出来ない。
「許さない? だって貴女はクルークハイト伯爵を嫌いになったのでは?」
「……それでも、私の代わりに他の人間を火に突っ込ませるなんて悪趣味もいいところよ」
私の言葉を聞いたカリオン王子はさも面白いものを見たといった風に高笑いした。
「ああ! すみません、それはひどい勘違いだ。クルークハイト伯爵は所謂余興。『聖女の遺骨』とされる骨を見て悲しみに暮れる姿……愛した人、研究対象を無くした絶望を披露してもらうだけですよ。火に突っ込むのは異端聖女である貴女の役目です」
「……は?」
カリオン王子の意味の分からない説明を聞いている間にも、リヒト様の前に役人達が何かを差し出しているのが見える。何人かの役人が赤色の布を持っており、その上に見える白い物体は……人骨だった。
「ちょっと! カリオン王子、あれ何の骨ですか!?」
「何って、人間だ。ああなって仕舞えば、誰の骨かだなんて分からないからな」
あれを差し出されて、リヒト様はどう思うだろうか。逆の立場だったら私は……正気を保てるだろうか?
……無理だろう。
「……最低。なんて悪趣味な事を」
「クルークハイト伯爵を嫌いになったんだろう? ならば、彼が苦しみ悲しむ姿は貴女にとって最高の余興のはず。おかしいな、異端とされた聖女であっても最後に楽しませてから……火に焚べてあげようと思ったのに」
――信じられない。
その気持ちでカリオン王子の表情を伺うが、至って本気のようである。
……本当に信じられない。
リヒト様も大層変わった人だったが……このカリオン王子は、変わっている所ではない。どちらかというと、ただのサイコパスだ。
そんな事を思っている間にも事は進んでいく。
リヒト様はその赤い布の上に乗った頭蓋骨を……素手で手に取った。
嘘……それ、素手でいっちゃうの? 頭蓋骨を、躊躇いなく素手で?
それは私じゃありません! と大声で叫ぼうとするが、カリオン王子に後ろから拘束され口を塞がれる。
「邪魔するなら、彼の今後は保障出来ない」
……本当はこの王子、私がリヒト様の事を愛しているのをわかってやっているのではないだろうか。
どちらにせよサイコパスな分類の人には間違いなさそうなので、ひとまず抵抗はやめて大人しくする。
そして頭蓋骨を素手で手に取ったリヒト様は、しばらくそれを目の高さで観察した後……普通に布の上に戻した。そして数日ぶりに、愛する人の声が私の耳に届く。
「……違う。歯列がキラではないし、そもそもこれは火で焼かれた骨ではない。焼かれていたらこんな綺麗に頭蓋骨に歯が残る訳がないだろう。次回からはもう少し考えて骨を調達してくればどうだ?」
……は?
……歯?
……そういえば。私が幼い頃に死んだ母を火葬した際、歯は頭蓋骨にくっついておらずパラパラと落ちていたような気がする。
「あと残りの骨も、骨格がキラじゃない。せめて体格は同程度の女性を用意するべきだろう」
絶望するどころか、役人にダメ出しとアドバイスまでするリヒト様は……やっぱり只者ではなかった。
「……何だ、あの男」
カリオン王子が、信じられないといった声色でコメントする。私の口元を押さえていた手の力が緩んだので、その隙に顔を振って手を退けて、大声で叫んだ。
「だから言ったじゃないですか!! キスしながらずっと歯列を調べているような人だって!」
「な……そんなの大袈裟な冗談だと思うだろう! 普通口付けている時は口付けに集中するものだと……!」
二人して大きな声を出したせいか、火の周りに集まっていた貴族達の視線が上を向き、こちらへ集まる。当然リヒト様の視線もこちらへ向いて……目が合う。
――見つけた。
騒つく貴族達の声にかき消されてしまったのか、声は聞こえなかったけど。リヒト様の唇がそう動いた気がした。
その表情はマリーちゃんと同じく絶望ではなく、自信に満ちていた。
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