ショーの始まり 1

「くそ……何故だ。ただあの男を絶望させたかっただけなのに」



 カリオン王子は素早く短剣を取り出し、私の首筋に当てる。


 ……大丈夫。私は聖女で、儀式に必要な存在。あの燭台の火に焚べられるまでは殺されたりしない。



「全員その場から動かぬように! ……今から聖女占いの儀を始める。私がそちらに行くまで待機していろ」



 貴族達のざわめきはその一言で止まる。そして場が静かになりカリオン王子が動こうとした瞬間に、場にリヒト様の声が響いた。



「わざわざ王子の手で行う必要はない。一番火に近い位置にいる私が執り行おう」


 ……え?


 王子も驚いたのか、動かずに窓から階下の様子を見る。



「ではまず、そもそもの概要から確認させてもらう。そもそも聖女召喚の儀は、この聖女の占いの儀に必要な聖女を呼ぶ為のものである。よって既に聖女が召喚されている為、占いに必要な材料は揃っている。異論のある者は? ……居ないな?」



 そしてリヒト様は自分の後方に指示を出す。何か細長い木箱を持ってやってきたのは……老執事のトーマスさんだった。



「そして占いたい事項が複数に分かれる場合、聖女を切り分けることにより何度も占うことが可能である。ここまではこの国の貴族であれば周知の事実。そして私の手元にあるのは――聖女の毛髪だ」



 トーマスさんが木箱を開け、その中の白い布をゆっくりと広げると……確かに中には黒色の髪が綺麗に纏められていた。確かに長さから考えると私の髪のように見える。しかし私はこちらの世界に召喚されてから髪を切った覚えはない。



「だが、それが聖女の髪だと何故言い切れる!? 証拠がないじゃないか」



 私を捉えたままのカリオン王子が大声で叫ぶ。確かにカリオン王子の意見はごもっともだ。



「私がコレク……いや研究するために、何ヶ月もかけて使用人に集めさせておいた聖女の髪だ。櫛から1本1本傷つけぬよう集めていたもので……まあ信じられぬなら結果を見てからでいい」



 今さりげなく問題発言が聞こえた気がしたが、今はそこにツッコミを入れている場合ではない。

 ……でも、それって両思いだと分かる前から集めていたという事ですよね?



「さて。では先に結果について確認しておくが、占いたい事柄に対して肯定の意味を示すならそのままの色、否定の意味なら色が変化するのだったな? 今回占うのは『これは本当に聖女の毛髪かどうか』だ」


 そう述べるとリヒト様の指示でトーマスさんが木箱を火に投げ入れる。

 ……当然、何も起こるわけがない。私の髪を火で燃やしたって、出るのはおそらく炭素くらいで……。炎の色が変わるなんてあり得ない。ただ木箱が燃え崩れていく。



「当たり前だろう! そんなものが占いだなんて言えない、聖女であったとしても物を燃やして炎の色が変わるわけがないだろう!」



 カリオン王子が私の耳元で叫ぶのがうるさい。でも、これに関しても私もカリオン王子と同意見である。

 ……いや、待って? 私とカリオン王子が同意見っておかしくない?



「まさかカリオン王子、貴方……炎の色が変わらないって知ってて占おうとしたの!?」



 王子から返事はない。ただ悔しそうに唇を噛み締めている。



「ご覧の通り色は変わらない。神は『これは聖女の毛髪だ』と認めたという事だ。では次は本命の『メーティス・ヴァイゼ侯爵夫人は、カリオン王子に想いを寄せているかどうか』だ」



 周りを取り囲む貴族達が大きく騒つくが、リヒト様の後方にいるトーマスさんがもう1箱……私の髪が入った箱を手にしているのを見て静まる。



「ハッ! それこそ色が変わるわけがない。これでメーティス様の私への想いがはっきりと示されるのだ!」

 


 もう思いっきり肘で腹部を突いてやりたいが、必死に我慢する。

 

 そしてトーマスさんがリヒト様の指示に従いその箱を投げ入れると……。



「ハハッ! そんな色が変わる訳、な……何故だ!?」



 ――炎が青緑色に変わった!?



 貴族達が驚きと歓声の声をあげる。たった数秒ではあったが、間違いなく炎の色が青緑色に変化した。

 信じられない……。



「何故色が……」



 明らかな動揺を見せるカリオン王子。手が震え、私の首元に当てた剣先が肌を傷つける。

 

 そしてその様子を間近で見た貴族達も動揺が押さえられないらしい。場の空気が一気に変わった。

 


「驚く程に真っ青だな。姉上はヴァイゼ侯爵に恋して押し掛けたようなものだから当然の結果だろう。ではついでに……『聖女の知識に従い進める領地改革は、取りやめた方が良いかどうか』も占ってみようか。髪ばかりでは面白くないから、このような物を用意してみた」



 続いてトーマスさんが取り出したのは、私がこの世界に召喚された時に着用していたふわモコの部屋着だった。



「このような珍しい生地を火に投げ入れるのも勿体無いのだが仕方がない。トーマス、入れろ」



 そして投入されるふわモコ。……まぁ、無くしたと思っていたので焼かれたって惜しい物ではない。

 でも投げ入れるトーマスさんの所作的に……やけに重そうに見えたのは気のせいだろうか? あの服はとても軽いのだけど……。


 そして炎の色は――黄色に変わる。

 先程と同じように数秒だけではあるが、間違いなく赤々とした炎が黄色になった。



「何故だ……何故色が変わる……?」

 

「黄色か。まぁ一応色が変わったから、やるだけやってみろという意味で捉えておこう。では最後にこれだな」



 そう言いながらリヒト様が自身の上着の内から取り出したのは、私の化学の参考書だった。


「私の参考書!」

「貴重な聖典!」


 私とカリオン王子の声が重なった。



「最後に占うのは『そもそも聖女を使ってこのような占いをする我が国を、神はお許しくださるか』にしようか」



ここでリヒト様が私の方に顔を向け問いかける。



「そこの聖女自身にも聞いてみようか。君は、答えはどちらだと思う?」


「……私?」


「許されると言え! そして聖典は燃やすんじゃ無い!」


 カリオン王子が震える手で余計に私を拘束するから、短剣のせいで更に血が流れる。先程まではあの火に焚べられるまでは殺されないという自信があったが、もうこの展開ではどうなるか分からない。ここで下手に刺激して刺し殺されると……堪ったものではない。



「許されるそうですよ」



 しょうがないのでカリオン王子のお望み通りの回答を口にした。

 ……しかし、リヒト様の事だ。自由にこの炎の色を操っているのなら、次に出る色はきっと……。



「そうか。ならばその回答が正解かどうか確認しよう」



 そしてポイっと投げ込まれてしまう、私の化学の参考書。赤々と燃えていた炎は――



「――青になった」



 先ほどのメーティス様の件を占った時よりも少々濃い青。……色が変われば変わるほど否定だと言うのなら、これは強い否定になるのではないだろうか。

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