ショーの始まり 2

「嘘だ……そんな訳……」



 カリオン王子の手から短剣が滑り落ちた。大きな音を立てて床に転がったので、素早く足で蹴り飛ばしておく。



「神はお許しくださらないそうだ。もう金輪際聖女を使っての占いは辞めた方がいい。……神に国を滅ぼされかねないからな」



 リヒト様の視線はこちらに向いていた。


 ……仕組みはわからないけど。リヒト様は上手く火の色を操って自らの意見を「神の意見」として見せつけたのだろう。そして、そもそもこの聖女占いの儀を用意したのはこのカリオン王子。決して神から否定されるはずの無かったこの儀式は……リヒト様によって初めて否定される。


 神に従い生きる事を尊び良しとする彼らがこれに従わない……訳にはいかない。



「……クソッ!!」


「痛ッ」



 カリオン王子はやけになったのか、拘束していた私の体を前に突き飛ばす。そして窓から身を乗り出す形でギリギリ窓枠に突っかかった私。下にいる貴族達がざわめいた。


 ……という事は、私次の瞬間にここから落とされるな?


 後ろを見なくとも次の展開が分かったので落下地点を確認するが、普通の床である。高さは、日本なら3階建ての建物くらい。……せめて下が植物なら助かったかもしれないけど、この高さからの落下は死ぬ!



「落としたら末代までこの国の王族呪うからね!? あとリヒト様に何かしたら、神にこの国滅ぼしてもらうから!!」



 落下死が避けられないのならと、せめて呪いの言葉を後方へ吐き捨てた。


 リヒト様が血相を変えて私の落下地点付近を目指し走り出すのが見える。その直後私の下半身が掬い上げられるように持ち上げられ視界が回転した。



「聖女なんて、召喚しなければよかったんだ!!」



 カリオン王子が、自分で召喚したんでしょー!?


 私の体は重力に従って落ちていく。カリオン王子が窓辺から走り去るのが、なびく自分の黒髪の奥に見えた。



「キラ!?」



 落ちていく瞬間に、リヒト様の声が聞こえた。


 ……あぁ、最後に叫ぶ言葉間違えたな。


 あんなやつを呪う言葉じゃなくて、リヒト様に……本当は愛してるって、言えばよかった。


 衝撃を覚悟して目をギュッと瞑り、身構えたが。……ドンっと何かに激しくぶつかる感覚に、背に感じる衝撃。


 あれ……? 思ったより痛くない。普通に意識がある。



「キラ、大丈夫か!?」



 誰かに手を握られる感触がして慌てて目を開ける。すると、大層ほっとしたような表情のリヒト様が私の手を握っていて。


 ……あれ? という事は、私はどうやって助かって……?



「……きゃっ!? ご、ごめんなさい!!」



 自分の下を見ると……メインで抱き止めてくれたと思われる筋肉質な貴族の男性が一人と、その男性を庇うような形で2人。合計3人の男性を下敷きにすることで私は助かっていた。


 見知らぬ人を犠牲にしてしまうだなんて申し訳なさすぎる!



「構わぬ、むしろ私で良かった」



 筋肉質な貴族の男性は自らの上から軽々と私を抱え降ろし、リヒト様に押し付けた。



「追っ手が来ない内に早く逃げろ。メーティスが近くで馬車を構えてあるから急げ。……聖女様、今後貴女には大いに期待してますから」


「……え?」


「恩に着る、ヴァイス侯爵」



 リヒト様は筋肉質な彼に短く例を述べると、すぐに私を抱え走り出す。


 そして儀式の間を出てすぐの所で再びトーマスさんが見えた。



「こちらです!」



 彼の手引きに従い、こっそりと裏庭から王宮の外へ出る。……柵が一枚外れていたので、きっと脱出用に壊したのだろう。もしや初めてトーマスさんに会った時に、最近学んでいると言っていた建築とは、こういう使い道の建築だったのだろうか。リヒト様限定人間盗聴器は、脱出経路も作り上げる敏腕だった。



「私は牢にいるマリーを助けてからクルークハイトに帰りますので。リヒト様はキラ様と馬車へ」



 そしてトーマスさんと別れ王宮の外に出た所すぐに、本当に馬車が一台待ち構えていた。



「リヒト、早く乗って」



 馬車の外で待ち構えていたメーティス様が、私を抱えたままのリヒト様の背中をぎゅうぎゅうと押して馬車に詰め込む。



「姉上も急いで……」


「いいえ、私は囮。今からクルークハイト伯爵領の馬車に乗って、貴方達の行き先を偽装するから」



 メーティス様はそこまで言うとバタンと外から馬車の扉を閉める。



「姉上、そんな計画は聞いてないのだが?」



 リヒト様が焦ったように窓からメーティス様に話しかけるが、メーティス様は全く聞く気がない。



「じゃあ行ってらっしゃい。二人で一ヶ月間、ラブラブ旅行編のスタートよ! 身の安全最優先でよろしくね」


「「は?」」



 初めてリヒト様とセリフが重なった。



「心配しなくても行き先は御者が知ってるし、ちゃんといい宿は取ってあるわよ。あの王子が処罰されるまで、しばらく身を隠して大人しくしてなさい。……心配せずとも、私の旦那様を敵に回したのだから、相応の結果となるわよ。後始末は得意なの」



 バイバーイと暖気に手を振るメーティス様と、聞いてない!と慌てるリヒト様。そして馬車はメーティス様の指示通りに走り出す。


 ……私ですか? もう時の流れに身を任せるばかりで、どこにどう反応していいのかも分からなくなってしまいました。

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