デート? ううん、これは視察! 5

「あー! みんな、リヒト様が来たよ」

「伯爵様、こっちこっち。もう遅いよ〜待ちくたびれた」



 そんな話をしながら歩いていると目的地である学舎に着いてしまったようだ。大きめの民家のような住宅から次々と子供達が走り出てくる。


 その為話は一旦打ち切って、集まってきた子供達の対応をする事にした。



「すまない。途中で沢山の人に声をかけられていた。それに私は今日遊びに来た訳ではなく視察に来たのだが」



 子供に群がられているリヒト様の図も珍しいので数歩離れたところから見守っていたのだが、そのうち1人の少女が私のところまで駆けてくる。



「お姉さん見たことない人だね」

「初めまして。キラと言います、よろしくね」



 私が聖女ということは外では言わないようにリヒト様に注意されているので名前のみを名乗る。私はもうすっかり自分の名を名乗ることに抵抗がなくなっていた。

 


「……キラちゃんは勉強するの気持ち悪いって思わないの?」



 その言葉でリヒト様の周りに集まっていた子供達の視線が、一気に私に集まった。



 ……そうか。この子達は、自分たちが国の常識から外れたことをしているという認識を持ちながも、学んでいるのか。だからこそ、余所者である私に警戒心を抱いている。

 初めて会った時のマリーちゃんも同様の反応だった。


 だから私は、ここで……全力で勉学を肯定しなければならない。



 「勉強するのは良い事よ? それに私だって、今文字を勉強している所なの。……だから私はリヒト様のことも悪辣じゃなくて賢明な統治者だと思っているし、みんなを気持ち悪いだなんて思うわけない。……私の考え、気持ち悪い?」



 私のこの言葉は予想外だったようで。皆目を丸くして顔を見合わせた後……子供らしく満面の笑みで笑った。



「じゃあ仲間だね!」

「僕、今文字勉強してるから一緒にしようよ。あっちのベンチでやろう」



 そのまま手を引かれ、私は子供達の輪に入る。そして周りには比較的年齢が幼い子供たちが集まって来て、何故かそのまま文字の勉強をする流れになってしまった。


 この学舎の改善点を見つけて欲しいという事だったんだけど……と思いつつリヒト様の方を見ると、彼は彼で子供達の質問攻撃に捕まって大変そうである。

 ならば少しくらいは大丈夫かな……と思って、子供達が持ってきた本を一緒に眺めた。





 少し時間が経った後。先に子供達から解放されたのであろうリヒト様が、私の元へやってきた。



「さて……そろそろ私のキラを返してもらっても?」

「「ダメー!」」

 


 私を取り囲む子供達にリヒト様が問うが、その返答につい苦笑いになってしまう。



「駄目はこちらのセリフだ。そもそも私がキラを連れてきたのだから」



 リヒト様はベンチに座っていた私の手を引き、強制的に立ち上がらせる。



「えー、伯爵様ってキラの事好きなの? 僕が結婚したかったのに」



 とんだ爆弾発言をしてくる1人の男の子。日本で言うとまだ小学生くらいと思われるその子は、立ち上がった私の腰に手を回して抱きついてくる。とても可愛い。


 ……可愛らしくて嬉しいんですが!


 目の前のリヒト様がとんでもなく怖い顔をしているのでやめて欲しい。般若か夜叉か? いや、この世界には般若も夜叉も無いだろうから何と説明したら良いのか分からない。とにかく顔が怖い。



「キラ、君は子供の扱いが随分上手いようだな」

「お、恐れ入ります?」



 絶対に褒められてはいないのが分かる、リヒト様の表情で。


 離れてくれないかな〜……との期待を込めてくっついている男の子を見るが、離れそうな気配はない。



「伯爵様が結婚しないなら別に良いよね?」



 離れるどころか、「ね?」と首を傾げながら言ってくる男の子が可愛すぎて……気持ち的には「君が大きくなったらね」と言ってしまいたい所なのですが。


 ……目の前のリヒト様から感じる「悪の統治者」の名に相応しい真っ黒なオーラが怖すぎて言えません!



 困っていると、リヒト様が私からその男の子を引き離し、私をぐいっと抱き寄せた。



「駄目だ。私はキラを愛しているんだ」



 今、絶対聞き間違えた。私の耳がおかしかった。

 ……もう一回お願いしてもいいですか?



そう言おうとしたが、周りにいた女の子達から黄色い歓声が上がった。



 ん? 聞き間違い……じゃ、無いの?

 リヒト様が、私を……



「は? え……?」


「何を狼狽えているんだ、当たり前だろう。稀有な知識を持ち伝授してくれるだけでなく、さらに異端と評される我々に歩み寄った価値観と差別的思考の無い姿勢。ここまで揃った女性なんて滅多にいない……お前達は知らないだろうが、キラはまさに神とも言える知識を持った人間で……」



 そしてそのまま子供達に対して始まってしまう、謎の自慢大会。何故かリヒト様が私の知識を子供達に自慢するという謎の流れに、目が点になってしまう。


 そろり、そろりと……リヒト様から距離を取る。




 ……あ。『愛している』って、私が日本から持ち込んだ『知識』を愛しているって事ッ!?




 期待して損してしまった。

 気持ち的には地面に崩れ去ってしまいたい!

 


 ……そうよね、リヒト様が私に『恋』の進化形態である愛情を持っているだなんて、ありえない。思わず勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。


 そして周りにいた女の子達も「なーんだ……」といった残念そうな表情をしている。どの世界どの時代どの身分であっても、やはり女の子は恋の話が好きなものだ。



 もう……勘違いが恥ずかしすぎて、涙が出そう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る