デート? ううん、これは視察! 6
「え、じゃぁ植物も呼吸してるの!? 口無いのに!?」
「目には見えぬが気孔という穴が開いていて、それが口のように空気を取り込んでいるらしいのだ」
「すっげー。じゃあ植物って生きてるのか。今日から雑草抜くの罪悪感あるな」
「じゃあ小麦刈る時だって、小麦叫んでるかもしれないぜ」
それに対し、私が夜な夜な講義して教え込んだ知識を……まるで少年のようにキラキラした眼差しで子供達に伝えるリヒト様は、本当に楽しそうだった。
……本来、勉強とはこのように楽しく純粋な好奇心で学ぶもの。
それが制限、異端というレッテルを貼られ、なんとなく後ろめたい気持ちを抱えつつ勉強せざるを得ないこの世界の子供達が可哀想だと感じた。
このクルークハイト伯爵領の子供達だけでもどうにかならないかと思ったところで、リヒト様に言われていた本日の目的を思い出す。
そうか。リヒト様が私の外出が危険だと分かりつつも許可した理由は、その危険度よりも子供達に勉強の楽しさを伝える方が、大切だと判断したからなんだ。
「……リヒト様。私、もう少しこの学舎を見てきます。まだあまり建物の方は見られていないので」
もっと隅々まで見て、改善できる事がないか考えよう。
……という立派な目的が半分。後の半分は……勘違いが恥ずかしすぎてしばらく隠れておきたいから!
そう思ってリヒト様から離れ、一人で学舎となっている建物の方へと歩いた。
そして建物の2階を見学している最中の事だった。
「リヒト!」
外から声が聞こえた。華がある凛とした声がリヒト様を呼んでいる。それだけなら別に対して気にも止めなかったかもしれないが、敬称を略して呼んでいる事に微かな違和感を覚え、窓からその姿を探した。
ふんわりとしたカールが美しい、太陽光を反射する銀色の髪。纏うドレスも明らかに貴族と分かる煌びやかさ。そんな女性がリヒト様と対面する形で話しているのが見える。
……誰だろう。気になるけどあまり凝視している姿を見られても気まずいので、自らの姿は窓から見えないよう窓の下にしゃがみ、隠れる形で耳をそばだてる。
「まさに奇遇ね。明日には会いに行こうとしていたのよ」
……相手は女性。
……そして、リヒト様に会いに行こうとしていた?
「こちらも用があった。近いうちに会えないかと手紙を送ろうとしていたから……丁度良かった」
リヒト様も普通に会話しているし、会いたいと思える関係……そして周りを彷徨く子供達が警戒している様子もない。つまり、勉学を否定しない考えの女性な可能性が高い。
しかも子供達がそれを認知するほど、面識がある。
――婚約者?
私の中で1つの回答が出た。勿論リヒト様に確認を取った訳ではないから確証は持てないけど……その可能性が高いと思った。
やっぱり、婚約者がいたんだ。
そして、やっぱり先ほどの「愛している」は、私の知識に対してだったんだ!
……わかっていても、沈む心は引き上げられない。
そうか。髪を結うのがあんなに早かったのは、やっぱり婚約者の髪を日常的に触っているせいなんだ。リヒト様が日中屋敷を不在にしているのも、もしかしたらその間に婚約者と会っていたのかも。
「あーぁ、さっさとこんな恋心捨てていれば……悲しくなかったのにな」
そう小さく呟いて、しゃがんだまま窓から空を見上げる。
私が失恋したって、空はそんなの関係無く皆に平等だ。私の周りだけ雨模様にして涙を隠してくれる訳じゃない。
私は、リヒト様とその婚約者(疑惑)が話している声が聞こえないように耳を塞いで、瞼も下ろした。
……あのままお屋敷にいれば邪魔になるだろうから、どうにかしてあそこを出ようかな。そして……この学舎の先生として雇ってもらえないだろうか?
王宮の兵達が私を捕まえに来るそぶりも無いし、リヒト様が心配するように他の危険があるようにも思えない。外に出ても案外平気な気がする。
「そういえば、なんで私は召喚されたんだろう」
王子(仮)は「この国の未来を占うために」私を火に焚べると言っていた。
実はこの国、とんでもない大問題が起こっていたりするのだろうか?
しかしリヒト様からそんな話は聞かないし、勉強が悪だという以外は目について変なところはなかった。それでもこのクルークハイト伯爵領にまだ被害が及んでいないだけという可能性もあるし……。
「……分からない事だらけだ」
そう呟いた私の言葉は、耳を塞いでいるにも関わらず聞こえてくる。骨伝導だなぁ……なんて思いながら、とりあえず今後の自分の身の振り方から考えを巡らせる私だった。
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