好きな人の香り 2

 トーマスさんの勧めで何人かの使用人に付き添われながらシャワーをお借りして。

 どうしてドアの前にこう何人も使用人が待機している必要があるのだろうと思いながらも、貴族ってそんなものなのかな……と無理矢理納得しシャワーを浴びた。


 その後、何故かピッタリサイズのナイトウェアに着替えさせられて、再びリヒト様の部屋に届けられた私。





 

「……でも、寝るって……どこで寝るの?」



 使用人達が下がる前に聞いておくべきだった。


 部屋中を見渡すが、ベッドは1つ。大きくて日本で言う所のキングサイズよりも大きいのでは? と疑ってしまう、天蓋付きのいかにも貴族っぽいやつ……しかない。


 お客様用布団なんてものは無い。



「えっと、まさかあのベッドで寝る感じ?」


 ソファーから立ち上がってベッドの方へ向かう。そしてベッドに両手をついてみると適度な弾力がある柔らかい触感。

 えいッ! と上半身を埋めてみると、その柔らかさと共に……鼻腔にリヒト様の匂いが通り抜けた。


 彼の外套に守られるようにして牢から逃げ出した時、ソファーに押し倒された時……感じた、クリアで爽やかな香りが、私を包み込む。



「……いい匂い。――って、ちょっと待って私!」



 思わず目を閉じそうになったので慌てて立ち上がり、ソファーに戻る。そして、ここなら大丈夫だろうとソファーでゴロンと横になった。



「男性のベッドでいい匂いって……私が変態みたいじゃない」



 皆に石を投げられているような状況の中、リヒト様だけが私を庇う発言をしてくれた


 わざわざ牢の中まで助けに来てくれた。


 私の名前を偏見なく呼んでくれた。


 そして自らの領地に、私を匿ってくれようとしている。

 


 ――この国で唯一私と価値観の合うかもしれない人。

 




 ……でも変人。


 聖女だからって人間捕まえて服脱がせて観察しようとする、かなり変な人。


 私の事を人間と思っていないかもしれない。聖女という分類の生物かと思っているような節すらある。




 ――それでも。



 リヒト様は出会って数時間しか経っていない私の事を、こんなにも不器用な優しさで包んでくれた。



 リヒト様のことを考えると、胸がキュッと痛みを感じるのは……何故?


 目を閉じて考える。


 ……いくら考えたって、答えは一つしか思い浮かばなかった。




 これって所謂……恋かもしれない。

 気がついてしまっては、もう引き返せない。


 私は召喚されたこの異世界で、恋をしたんだ。

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