好きな人の香り 3
「いやいや……私、確かにソファーで寝たよね?」
目が覚めた時、私はふっかふかのベッドにいた。窓の外からは夕刻の橙色の明かりが優しく差している。
……もしかして、寝過ぎた?
ソファーまで歩いて行ったのは夢だったのだろうか? そう思いながら体を起こしてベッドから降りる。
なんとなく自分の体にリヒト様の匂いが移ってしまっている気がして、クンクンと腕の匂いを嗅いでみた。
……――うん。
色々と気がついてしまった自分にはダメージが大きくて、うわあぁぁと羞恥心に誘われながら頭を抱える。好きな人の香りが自分の体からするなんて精神衛生上よろしくない!
「……やってしまったものはしょうがない! そろそろお部屋の掃除も終わってるかもしれないから見に行ってみよう」
開き直ってリヒト様の部屋を出て、廊下の左右をキョロキョロと見る。
隣……と聞いたので、とりあえず部屋を出て左手側に歩いて行くと、使用人と思われる少女が1人、こちらに歩いてきた。しかしその足取りはおぼつかなくて、熱心に何かを見ながら歩いているようだ。そして私の目の前で案の定ゴツンと壁にぶつかる。
「大丈夫? すごい音したけど……」
声をかけながら、彼女の手から落ちた物を拾う。私より小柄な少女で、きっと年下だろう。1つにまとめた、くるりとカールしたピンクの髪が可愛らしい。
聖女として召喚されてからとんでもない人間ばかりに出会ってきたような気がするけど、やっとまともな人間に巡り会えたかもしれない!
「はい、落ちた……よ、って!? 単語カード!?」
書いてある文字は読めないが、両面に文字が書かれた沢山の小さな紙がリングに通されている。
「申し訳ございません。お客様の前でとんだ失態を……」
ぺこぺこと頭を下げて謝ってくれるが、私が気になるのはこの単語カードの方だ。
「ねえこのカードって、何に使っているの?」
「え? それは外国語のお勉強に……あ。申し訳ございません、お客様の前でこんな気持ち悪い物を! 今すぐに焼き払ってきますので命だけはお助けくださいませ……!」
「違う違う、責めるつもりじゃなくって!」
とんだ誤解を受けてしまったので慌てて彼女を止める。
そうだった。この国では勉学が悪とされているのだから、勉強に関する話を見知らぬ人にされたら警戒されて当然だ。
「私……」
名乗ろうとして一瞬だけ、躊躇ってしまう。でも、私は……リヒト様のおかげで少しは胸を張って自分の名前を言えるようになったはず。
「私、キラっていう名前なの。異世界から召喚された聖女で、むしろ向こうでは勉強ばかりしていたからその形式のカードが懐かしくて」
「そんな世界から……もしや聖女様がいた世界では、勉強し放題なのですか?」
し放題というか、もうそれがある程度義務になってしまっているというか。
とりあえずこの国の現状よりは勉強し放題なことには間違いないと思うので、そうだよと答えておく。すると彼女はまるで夢見る少女のようにうっとりとして一つ息を吐いた。
「羨ましい世界です。私……隣の国の貴族に買われて行った妹に会うのが目標で。だから、こうやって隣の国の言葉を勉強しながら働く事を認めてくれるこのお屋敷で働けて、本当に幸運なんです」
「買われ……!?」
こんな、見た目13・14歳くらいの少女の妹なのだから、もっと幼いはずだ。
……この世界では勉学が禁じられているだけでなく、人身売買すらおこなわれているのか。
沢山の貴族達の矢面に立たされた時の気持ちを思い出す。あの時感じたような、まるで見せ物になったかのような気持ち……それをこの少女の妹は経験したのだ。
なんとも言えない悔しさというか、悲しい気持ちが込み上げてきた。
「貴女お名前は?」
「マリーと申します」
可愛いらしい雰囲気の彼女にぴったりの名前だと思った。そして、妹思いできっと努力家なのであろうこの子に……出来るなら協力して欲しいと思い頭を下げた。
「マリーちゃん、お願いがあるの! どこかで少しお話できないかな?」
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