行動範囲狭くないですか? 1


 年下の可愛い使用人マリーちゃんを引き連れ、私は庭に出た。まだ少し雨に濡れていたベンチの水滴を払い、一緒に横並びで座る。


 勝手に人様の家をうろうろして良いのだろうかという気はするが、誰にも邪魔されずに話が出来る空間が欲しかったのだ。

 それに、勉強の話はタブーになる事が多いようなのでこっそりと2人きりで……話をしたかったのだ。



「お仕事中にごめんね? どうしてもマリーちゃんにお願いしたい事があって」


「私は大丈夫ですが、むしろこんな下っ端の私に何かできる事などあるのでしょうか? 普段はお洗濯しか担当していないのですが」



 だからこそ、私はマリーちゃんに頼みたいのだ。



「あのね……この国の文字を教えて欲しいの」



 言語は通じ合えるのに、文字が分からない。これは致命的だと私は感じていた。


 王命だと言って書状を見せられた時ですら、何を書いているのか分からなかった。これではいつ騙され、贄にされたり殺されたりするか分からない。


 ここまでは偶然リヒト様が助けてくれたが、これからも助けてもらえるだなんて甘い考えは持ってはならない。


 あの人が好きだと自らの気持ちを理解してしまったからこそ、彼の手を煩わせたくない。

 



 ……もう、私の代わりに誰かが矢面に立ち傷つく姿は見たくない。




 だからこそ、私は学びたい。この世界の事を。


 そのためにはまず、文字が読めなければ全く話にならないのだ。





「文字ですか? 貴族のレディーは文字も専属の読み上げ係がおりますので、読み書きには不自由無いと思うのですが」


「違うの! 私自身が読み書きできるようになりたくて。……だから、その単語カードをどこで入手したかとか、この国の文字を学ぶ為の初歩的な教本とか、色々教えて欲しい。お仕事の合間でいいから!」



 私は深々と頭を下げた。


 洗濯係なのであれば、きっといつもは洗い場周辺にいるのだろう。ならば私から訪ねて行っても捕まえ得やすいはずだ。

 さらに別言語を学んでいるということは、自国語の読み書きには問題ないのだろうし……っていうか、私はそもそも貴族じゃ無いので、今後自分でできなければ困るのである。



「えっと、聖女様はリヒト様が保護されたお客様だと使用人達には周知されています。リヒト様に頼めば、何でもご用意いただけるかと思うのですが」



 マリーちゃんの言う通りかもしれないけど。


 

「……私が、これ以上リヒト様に迷惑かけたくないの」



 当然、好きな人になんでも頼りたいタイプの人間もいるだろう。

 ……でも、私は違う。彼に保護されるだけの私では、彼に想いを寄せる資格すらない。


 ……そう考えてしまうのだ。

 


 「……分かりました。高貴なお方でそこまで仰る方は初めて見ましたが、ここはクルークハイト領。知への渇望を肯定し受け入れよとのリヒト様のご命令が」


「――キラッ!!」


 私の名を呼ぶ大声で、マリーちゃんの声が遮られる。

 おかげで私は高貴な身分ではないと訂正するタイミングを逸してしまった。本当にただの一般庶民なんです。

 

 そしてベンチに座っていたはずの私の体は宙に浮き、それがリヒト様に抱き上げられたせいだと分かるまでおおよそ2秒の時間を要した。

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