行動範囲狭くないですか? 2
「何故外へ出た!?」
「ぇ? えっと……?」
何を問われているのか瞬時に理解できず、抜けた返事をしてしまう。
「私は返答を求めている。何故外に出た?」
――怒っている。
それだけはよく分かる。表情や声色から一目瞭然だ。しかしどうして怒られているのかが分からないのだ。
側でベンチに座ったままこちらを見上げているマリーちゃんなんて、恐ろしさで震え小さくなってしまっている。可哀想に。
……あぁ。勝手に屋敷を歩き回った上に、仕事中のマリーちゃんを庭に連れ出したからお怒りなのかな?
「相談したい事があって、偶然見つけた年の近そうな女の子に話を聞いてもらっていました。無理に仕事を中断させ連れ出したのは私です」
「そんな生産性の無い会話は不要だ。私は『何故外に出た』かを聞いている!」
もしや外に出る事自体に怒られているのだろうか?
……確かに、勉学が悪とされるくらいの世界なのだから、夕方に庭に出てはならないなんてルールが存在したのかもしれない。
「庭で話をしたかったので、外に出ました。女の子2人で誰にも聞かれずに話をしたかったので、沢山ある選択肢の中から一番良さそうな案を採用して……庭という発想に」
きっとこれで納得していただけるだろうという回答を出すが……リヒト様は納得しなかった。
「君は庭に出る危険性を理解していない!」
「は……はい、すみません。理解できていません」
その剣幕に思わず謝ってしまう。誰がこんな抱き上げられた状態で叱責される日が来るなんて想像しただろうか。
「君は聖女で、見つかれば贄にされてしまうかもしれないんだ。ここクルークハイト領であっても、私の目の届かない場所は沢山ある。そこで君にもしもの事があれば……どうしてくれるんだ」
眉間に皺が寄り、何か痛みを堪えるような……苦痛と言うのが相応しい表情。見ているこちらまで苦しくなる。
――私の何の気無しの行動で、こんな表情を?
外に出てはならないルールがあるとかそんなのではなくって。私の身を心配をしてくれての叱責だった。
悪い事をしたからでも、期待に応えられなかったからでも、邪魔者だからでもない……私を心から案じてのお叱り。
久しぶりに貰った、私を考えてのそれが嬉しかった。けれども同時に胸が痛くもなる。
例え彼が私の好きな人でなかったとしても、自らの行いのせいで人様にこんな顔をさせてしまったら。
……誰しも平常心ではいられないだろう。
「……よって、今から君の行動範囲を制限させてもらう」
「はい……本当にごめんなさい」
「行動範囲は私の部屋から君の部屋まで。以上だ」
……狭くない?
流れで完全に納得しそうになっていたけど、あまりにも狭い。しかしそこに関して文句を言える立場には……無い。
それよりも。私は自分の扱いについてより、この使用人のマリーちゃんを庇わなければ。
「あの、本当にマリーちゃんは何も悪くないんです。私がただ勉強について話をしていただけで」
「……そこまでこの使用人を庇わなくとも、特段この件で処罰する気は無い。私をどんな悪魔だと思っているんだ」
悪魔ではないけれども、いきなり女性の服を脱がして観察しようとするくらいには変な人だと思っています。
……なんて正直には言えない。
ともかく、マリーちゃんが私のせいで罰せられることは防がれたので良かった。
「聖女キラ様の御身の危険性まで考えが及ばず、申し訳ございませんでした……」
「それに関しては明確な指示を出していなかった私のミスなので結構。それよりも君は語学の勉強に熱心だそうだな、その調子で頑張るように。洗濯は程々で良い」
……ん? 洗濯は程々で良いって、仕事より勉強しろって事?
緊張からのお褒めの言葉でノックダウンされてしまったのか、フラ〜っとマリーちゃんの上半身が傾いてパタンとベンチに倒れてしまった。
「マリーちゃん!」
「キラ、君は使用人の心配をしている所ではない。せっかくよく眠れるようにと部屋を空けたのにソファーで寝ているし、ベッドに入れたはずなのに出歩いているし」
やっぱり私は間違いなくソファーに戻っていた!
でも好きだと自覚してしまった相手に、抱き上げられベッドに入れられたなど……恥ずかしくて赤面物だ。しかし涎を垂らしていなかったかなど、粗相を見られていないかと考えると、赤面を通り越して青ざめそうにもなる。
「しかもこんな格好で部屋の外に出るなんて正気の沙汰じゃない。これでは誰かに襲われたって文句は言えない」
「え? こんなに丈が長いのに?」
確かにナイトウェアかもしれないが、デザインも可愛いし、すっかりワンピース感覚だった。
「そもそもナイトウェアを見せてもよいのは同性と夫のみ。こんな格好は私の前以外では許さないからな。執事のトーマスであっても駄目だ、ガウンを羽織れ」
キラには常に見張りが必要なのだろうか……とぶつぶつ呟くリヒト様が、私を抱き上げたままその場から去ろうとするので慌てて止めた。
「リヒト様、せめて自分で歩きます。あとマリーちゃんが!」
「私が運んだほうが早い。よってその案は却下する。……あと、先程からマリーマリーと煩い。あの使用人はトーマスに面倒を見させておくから心配するな。トーマス、それでいいな?」
リヒト様がそう言った瞬間に、どこからともなくトーマスさんが現れる。しかも私の姿を見ないように両目を手で隠してやって来た。
……さすがリヒト様限定、人間盗聴器。
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