流れに流されて? 絶対に嫌です!
抱き上げられたまま連れてこられたのは、本日使用人たちが頑張って掃除してくれたのであろう部屋だった。ドアをくぐり部屋の中央まで移動した後に、やっと地面に足がつく。
ちょっとした椅子の布張りだったり、家具に彫られた模様だったり……元々誰か女性が使っていたかのような可愛らしさが残るその部屋は、リヒト様の部屋の右隣だった。
……もしかして元彼女の部屋?
脳裏に浮かんだ疑惑を必死に否定する。
リヒト様は伯爵という立派な地位がある人で、この土地の領主。……そんなお貴族様が婚前に彼女と同棲のような事などするわけない。
そこまで考えて、はたと気がつく。
……貴族といえば、幼少期からの婚約が鉄板。もしかしたらリヒト様だって婚約者がいらっしゃるかもしれない。
その場合、私はとんだおじゃま虫! 婚約者の女性からすれば、保護され一緒に暮らし始めた女がリヒト様の周りをうろちょろしていればさぞ気分が悪いだろう。
……この恋心は、奥底に仕舞い込んだ方がいいかもしれない。
「トーマスがどうしても必要だと言うので急遽用意させた君の部屋だ。私はまだ完全には納得していないが、私の部屋の隣ならばと許可した」
本当にトーマスさんの言う通り、隣の部屋だったからこその許可だった。
手近にあった椅子の背を指でなぞると、拭いたばかりだったのか、木目が少ししっとりと水気を含んでいる。本当に急いで掃除してくれたんだなと申し訳ない気持ちになった。
「そして今日から君の行動範囲は、この部屋と隣の私の部屋のみとなる。何か質問はあるか?」
ならばその二部屋に無い物が必要になったときが困るだろう。そう思って部屋をぐるりと見渡す。
ベッドに机にソファーにクローゼットに……あの大きな扉はウォークインクローゼットだろうか? クローゼットが2つとなるとやけに収納が多いような気はするが、生活に必要な家具類は揃っているようだ。
しかし肝心の物がいくつか足りない。
「お風呂とお手洗いはどうしたらいいですか?」
見たところ、その2つは併設されていないようだ。リヒト様の部屋にも無かったように思う。
2人の間に沈黙が流れた。
「……私が付き添おう」
「せめて女性にして!?」
冗談で言っているのならばいいのだが、リヒト様の場合はごく真面目に本気でそう言っているのだろうから油断ならない。そう、油断ならな……
「……なぜ私の服に手をかけて?」
私の着用しているナイトウェアの胸元の部分に伸ばされたリヒト様の手……が、1つ結び紐を解く。
「何故って、朝の続きだ」
ああ、朝の続き。異世界から来た聖女である私が人間かどうか確かめるための……って!
「私は将来結婚する旦那様にしか、そういう事は許しません!」
私は速攻でリヒト様の手を払い除けた。
もうツッコミが追いつかなくなりそうだ!
もう嫌だ、少しはゆっくりしたい。保護された身で贅沢かもしれないけど、永遠にこの調子だと絶対に疲れる。
「結婚? 結婚すれば調べても良いのか」
流石に1日一緒に過ごすと何となく分かってくる。この人が次に何を言い出すかを。
「駄目ですよ。私はそんな流れに流されてみたいな結婚、絶対にしませんからね!」
私自身がそのような理由での婚姻は望んでいないし、そもそも……そんな理由で婚約破棄されてしまう女性がいるのなら、かわいそうだ。
居るのかもわからないし、見たこともない……リヒト様の婚約者、架空女性Aへ勝手に思いを馳せる。
「いいや、キラ……君は勉学の大切さを分かっている珍しい女性だ。そんな女性、この世界ではいくら探してもなかなかいない。ぜひ私と結婚してくれ。そしてその体を隅々まで調」
「だから、駄目って! 今、先程ッ……――言いましたよね!?」
何が悲しくて、好きな人からの求婚を断らなくてはならないのか。
……頭痛がしてくる頭を抑えつつ、私は椅子に腰掛けるのだった。
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