婚約者(疑惑) 3

「ちなみに、私が今使わせていただいているお部屋の家具がやけに女性向きなのは、メーティス様が使っていらっしゃったお部屋だからですか?」



 そんな恋愛小説があった覚えはないのだが……と思いつつ訊ねる。ほぼ監禁生活なので、娯楽は多ければ多い方がいい。私の部屋にあるのであれば後でよく探してみようと思った。



「使っているのはこの部屋の隣でしょう? ここと隣の部屋は、亡きお父様とお母様が使っていた夫婦の間なのよ。今はリヒトが後を継いでお父様の部屋だった所を使っているの」



 なるほど、リヒト様のお母様の部屋だったのか。ならば女性向きだった点も理解できる。きっと可愛らしい内装が好きな、可憐なお母様だったのだろう。



「それにしても。……ふふっ、今その部屋に滞在しているだなんて。リヒトもすかした顔してそんな大胆なことするなんて、大人になったわねぇ」



 メーティス様は大層楽しげな様子で立ち上がり、私の隣に座る。そして私の両肩をがっしりと掴んだ。


 なんだか姉弟で行動パターンが似通っている気がするのは……私の考えすぎ?

 このまま押し倒されませんよね? 首元に顔埋めませんよね? 首筋に唇這わせるのもやめてくださいよ!?



「ねぇ、リヒトとどこまで進んだのかしら?」



 どこまでと言われても、完全に私の片思いである。なんならつい先程まで失恋したつもりでいた。それに、仮に進んでいたとしても……リヒト様の実のお姉様には言いにくい!



「まだ何も……そもそも私はリヒト様の恋人でもなんでもなく、保護されただけの聖女ですから」


「え……ええ!? 夫婦の間に女の子押し込んで監禁しておいて、それだけなんて事はないでしょう? 絶対に違う……それだけなんて事、ないわよね……!?」



 監禁紛いの事になっているのは事実だが、これは聖女である私を守るためにしてくれていることである。それに、夫婦の間とは何なのか。



「お勉強は一緒にしますけど、他は特に。……あの、夫婦の間って何ですか?」


「嘘ぉ……そこから?」



 メーティス様は信じられないといった風で軽くショックを受けている様子だったが、私に夫婦の間が何かを教えてくれた。


 ……つまり。



「待ってくださいメーティス様。それじゃあリヒト様の奥様になる人が住む部屋を、私の為に用意されてるって事じゃないですか! そんなの何かの間違いです」


「だってキラ様のお部屋にも、あの扉あるのでしょう?」



 メーティス様が指差す先には、大きな扉。確かに私が滞在している部屋にもあり、ただのクローゼットだと思っていた。鍵がかかっていて開かないので不思議に思い、マリーちゃんに「この扉何?」と聞いたことがある。まだ使わないと思うとの回答で明言が避けられたので気にしないようにしていたのだが……



「夫婦の間を仕切る扉は、領土繁栄を願って夫婦が夜分にこっそり行き来して仲良くできるように作られている扉で……」


「あ、もういいです。そこについては十分理解できましたから!」



 知らなかったとはいえ、こんな恥ずかしい事をメーティス様だけでなくマリーちゃんにも聞いてしまっていた事にショックを受ける。


 ……これ、リヒト様本人に聞かなくて本当に良かった。何と回答が返ってきたか……想像するだけで恐ろしいし、想像したくも無い。



「その部屋に通したのだから、リヒトだってその気が全く無かった訳……ね?」


「……いやいや、でもあのリヒト様ですよ? 聖女は人間かを研究する事だけしか考えていなかったに決まってます!」



 一瞬。ほんの一瞬だけ「本当はリヒト様が私の事を好いてくれているのかもしれない」なんて甘い考えが過ぎったが、絶対に無いと強く否定する。あの人に限ってそんな……。



「リヒト……あの子、キラ様にどんな対応をしたのかしら。まぁいいわ、今日はこの事について話をしに来たのでは無いから本題に移りましょう」



 どうやらメーティス様は小説家なだけあって、出版関連業界の顔見知りが多いらしい。だからリヒト様は実の姉であるメーティス様に直接、活版技術の話をするように言ったのかと納得した。


 出来るだけ良い教科書を作ってもらうために、私は自分が持っている活版技術を伝授しまくって……と言っても、日本の学校で勉強した以上の事はわからないのだけど。とにかく私の知識がリヒト様の目指す未来の足がかりになるように、必死に説明したつもりだ。


 初めは「ふーん?」くらいで聞いてくれていたメーティス様も段々と話が進むごとに前のめりになってきて。……最後には「続きは!?」とこちらが食われそうな勢いだった。




「話に聞いてはいたけど、本当にキラ様って凄いのね。半分くらいはリヒトの惚気だと思っていたわ」



 それは惚気というか……見知らぬ技術・原理への知的探究心の塊だろう。



「私が凄いのではなくて、私がいた世界に存在した沢山の研究者・開発者達の成果です。私はただ学校でそれを勉強しただけで」


「でも貴重な知識に違いないし、必ずクルークハイト伯爵領の発展に役立てて見せますわ。でもうちのヴァイゼ伯爵領にも少しくらいおこぼれをくださいな。可愛い義妹ちゃん?」



 そう言いながらメーティス様は目を細め優しげな表情で笑った。



「な……ッ! メーティス様の嫁ぎ先で使うのは結構ですけど、そうやって……義妹とか、揶揄うのは恥ずかしいのでやめてください」


「大丈夫。嫁ぎ先のヴァイゼ侯爵領は王宮ほど勉学に対する締め付けは強くないし、領地にとってプラスになる事なら大歓迎なスタンスだから」


「いやいやいや、確かにそこも大丈夫なのかなーって心配でしたけど……私が言ってるのはそこでは無くてですね!?」



 やっぱり姉弟だ。この微妙にズレた会話の感じが、リヒト様とそっくりだと思った。

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