婚約者(疑惑) 2
いや、普通修羅場になるなんて思わないよね……。
まさかリヒト様の婚約者(疑惑)と対面するハメになるなんて!
私の目の前のソファー……元々リヒト様が座っていたそこに座る婚約者(疑惑)。
昨日とは違い綺麗に結われた髪の毛は銀食器のように輝くシルバーで、はっきりとした目鼻立ちの彼女は近くで見ると大層美しい人だった。
美人……美人すぎてもはや女神。眩しすぎて完敗です……。
っていうか、何故リヒト様は入れ替わりで居なくなってしまったのですか? 婚約者(疑惑)と私(間女?)が、そのリヒト様の部屋で対面って、どんな昼ドラ的状況なのか。
状況がドロドロすぎて顔が引き攣りそう!
「あら貴女……昨日見かけたお方ですね」
しかも相手がこちらを覚えてるパターン!?
……終わった。見られていないつもりだったので素知らぬ振りをしようと思っていたのに……リヒト様と一緒に住んでいる上に一緒に出かけていただなんて、心象が悪すぎる。
なのにこの女神、ただ美しく微笑むだけで何を考えているのか分からない。物凄く怖い。こちらの考えなんて全て読まれているような、見透かされているような気にすらなってしまう。
「……も、申し訳ございませんでしたもう二度と近寄りませんからお許しください命だけはお助けを」
焦りすぎて句読点無しの早口言葉になってしまう。よく舌を噛まなかったなと、自分でも思う。
「何か勘違いをなさってないかしら? 私、貴女の命を狙って来た者ではないの」
じゃあ何だというのだろうか。もう私は間女としてこの人に処されるしかないと思うのだけど。
ただただにっこりと微笑みを携えたままの……この人の考えが全く分からなくて恐ろしい。
「まさか貴女が聖女キラ様だったなんて。知っておりましたら、先日リヒトと一緒に馬車に乗るのを見た時にお声がけしましたのに」
名前どころか私が聖女だという事まで知られている! ということは、私は今から王宮に報告され連れ戻されて火に焚べられるのだろうか。あ、だから生きて王宮まで連れて行かなければならないから、命を取るつもりで来た訳じゃないっていう意味?
「ごめんなさい! もうリヒト様には近寄りませんから、あと怒っているなら何発でも殴っていただいて結構ですから!」
深々と頭を下げて許しをこうが。……数秒の間の後に返ってきたのは大笑いだった。
「……え?」
「アハハッ! あぁおかしい事この上ないわ。私、リヒトの姉ですの。メーティス・ヴァイゼと申します」
……姉?
その単語に恐る恐る下げていた頭を上げる。
「婚約者……では、なく?」
「いやだ、やっぱり勘違いされていたのね。あんな弟の婚約者になるだなんて、来世でもごめんだわ。それに悪辣の統治者に嫁ごうだなんて物珍しい令嬢、存在しないわよ」
リヒト様をあんな弟扱いしてしまうなんてある意味すごいが、今はそんな細かいところにツッコミを入れている場合じゃない。
確かに言われてみればリヒト様の髪の色はアクアシルバー。メーティス様は普通のシルバーなので、比較的近い色味をしている。それに容姿が整っている点も……言われてみれば似ているかもしれない。姉弟揃って美しいだなんて、よっぽど遺伝子の掛け合わせが良かったのだろうなと考えてしまう。
「でもお名前が……ヴァイゼと」
「だって私結婚しているもの」
ほら、と言いつつメーティス様はこちらに左手の甲を向ける。そこには確かに髪の輝きに負けないダイヤの付いた指輪があった。
もう人生終わったかと思うほど緊張していたので、力が抜けてふにゃりと項垂れてしまう。
……マリーちゃんがリヒト様の前で倒れていたけど、気持ちが分かった。人間、極度の緊張から解き放たれるとこうなってしまうものなのね。
そしてメーティス様は私がこんな態度でも声をあげて笑うばっかりで。……姉弟で容姿は似ていても、中身は結構違うなぁと思った。だってリヒト様がこんなに声をあげて笑う姿、見たことない。
「私、小説家なの。いいネタになりましたわ、ご提供ありがとう」
確かマリーちゃんから、貴族は文字も学んでいない人もいるような事を聞いたけど……そんな環境でも小説が売れるのだろうか?
「どのような小説を書いていらっしゃるのですか?」
「恋愛小説よ。女が文字を書くなんてと一部からは批判されるけど、やっぱり素敵な夢物語ってみんな好きなのよ。文字が読めなくたって、専属の読み上げ係に朗読させてる令嬢だっているしね」
良かったら読んでみてと、ドレスのどこから出て来たのだろう……という本が2冊、ボンっとテーブルの上に置かれる。結構分厚い。
「残念ながらリヒトにこの物語の王子様のようなロマン溢れる行動は……期待はできないけど、読んでときめく分には何の罪もないわ。面白ければこの屋敷の私の部屋にまだ何冊かあるから読んでいいわよ」
……確かに、リヒト様は物語のような完全な王子様という訳じゃない。
私が人間かどうか調べる為には服だって脱がそうとするほど手段を選ばないし、私が教える新しい知識に目を輝かせる姿は少年のようだと思う時もある。
それでも、私を庇ってくれた。助け出してくれた。偏見なく私の名を呼んでくれ、今も私を隠すようにして守ってくれる。
そんなリヒト様は、私にとって王子様にも等しい存在だった。
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