オキシトシン 2
クルークハイトの屋敷にたどり着き馬車を降りた瞬間。ドア前に待機していた使用人達が順番に報告や状況説明を始めた。
皆、事態が一刻を争う事だと理解しているが故の行動だった。少しでも遅れれば、キラが火に焚べられてしまう。
恐らくキラは2日くらいは牢に閉じ込められたままとなるだろう。聖女を召喚し火に焚べる聖女占いの儀。それには多くの証人を用意する必要があり、その招集に時間がかかると踏んでの計算だ。勿論、証人を既に用意していての犯行ならば残された時間は極めて少なくなる。
「確かマリーは外国語が話せたな。申し訳ないが王宮付近で盗みでも働いて、牢に侵入して欲しい。外国人は通訳の居る王宮の牢に入るはずだから、そこでキラの現状を確認。カネを握らせれば言う事を聞いてくれる牢屋番がいるはずだから、そいつを経由して状況を報告してくれ。当然全て事が終われば助け出すから」
「しかしながらリヒト様、マリーはまだ少女です。もっと年配者に任せた方がよろしいのでは?」
執事のトーマスは心配しているようだが。……きっと大丈夫だろう。
「トーマスさん、大丈夫です。……私、聖女キラ様の一番近くにいたのに、守れなかったどころか、守られてしまった。このままでは終われません。完璧な外国人に扮して、キラ様のお側に……行かせてください」
この子ならそう言うと思っていた。悔しいが、なんだかんだキラが同性の友達として心を開いていたのはこの少女。きっと彼女が同じ空間にいると分かれば……とんでもない行動は起こさないだろう。
人間は極限の状態になれば何をしでかすか、分かったものじゃない。焼け死ぬくらいならと自害を選んでしまったら……。
想像してしまった恐ろしい光景を懸命に否定して、救出するための策を考える。
「リヒト様。……本当に、よろしいのですか?」
トーマスに問われる。……私は、数日前の出来事を思い出した。
キラと想いが通じ合った翌日の事だ。
偶然だった。仕事の合間にほんの少し時間が空いたから、キラの顔が見たいと思って屋敷に帰ってきた私。
……今思えば、キラと想いが通じ合えたばかりで、少々浮かれていたのかもしれない。
そんな私を慌てた様子でトーマスが呼びに来た。どうやらキラと姉上が廊下で長話を始めてしまい困っているとのこと。あんな埃っぽい廊下でやらなくても私かキラの部屋ですればいいものを……と思いつつ2人の元に向かうと、まさにキラが姉上に抱きつこうとした瞬間だった。
許せない。キラに触れていいのは私だけだ。
しかも何やらキラは泣いていて……初めこそ姉上が泣かせたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
――私が小さい時に死んでしまった母を、少し思い出してしまっただけなんです。
――役立たずは役立たずなりに……もう少し考えてみます。
話している間に、二つの言葉が引っかかった。
キラの名前は、確か母が付けたと言っていた。そしてその母は亡くなっている……ということは、キラは母親以外に幼少期以後育てられたということになる。
……キラは家族の話をしない。帰りたいとも言わない。
その理由は……実は元の世界に帰りたいと思える居場所が無いのではないだろうか。
そして育ってきた場所で……役立たずと言われてきたが為に、時折自己評価が低いのでは?
私の疑念は、姉上も感じていたらしい。その後姉上に目配せされたので、後日キラが心を許しているマリーを使って散々調べさせた。
……私の疑念は、正解だった。
そしてこの時、私の心はもう決まったのだ。
「トーマス、いいんだ。……もう、私は決めていたから。キラは、元の世界に帰さない」
キラと想いが通じ合ったあの日の前日。実は私の元には報告書が届いていた。
内容は――キラが元の世界に帰る方法について。
……確かに、私は長い間迷っていた。
愛する人を手元に置いておきたいという感情と、
帰してやった方が幸せになれるのではないかという疑念
「……姉上の言うとおり、手放せるわけが無かった。キラは私が幸せにする。だから取り戻すのを手伝ってもらえないだろうか」
そう言った私の表情を見てトーマスは、こんな状況なのに「おめでとうございます」なんて祝いの言葉を口にしたのだった。
「お二人の幸せの為でしたら、いくらでも動きましょう」
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