恋愛とは難しい
初めは興味なんてなかった。異世界より召喚されし聖女の今後の扱いを決める会議を、全ての領主を集めてやるなんて言うから、仕方がなく参加しただけだ。
聖女召喚は数十年に1回は行われているが、今までは召喚してすぐに火に焚べていた。それがどうしていきなり会議に……と思ったが、どうやら今回の聖女は聖典を持っていたらしい。ならば私も聖典の中身には興味がある。
なので、普段から私を悪辣の統治者だと言って貶してくる他の貴族達と顔を合わせたくなかったのだが、王宮へと向かった。
会議が始まる前。周りの貴族達の噂話に耳を傾けていると、聖典には本当に万物の理が書かれているという。さらに、今回の聖女は「異端聖女」だそうだ。何故異端なのかとよく聞いていると……どうやら聖女は学のある人物のようだった。
――学のある聖女。
そのフレーズに惹かれて、兵達に捕まっている聖女を見た。艶の消えた長い黒髪がうつむき加減の顔にかかり、ひどく疲れているように見えた。
……この世界でいかに勉学が迫害されているか、知らなかったのかもしれない。
その生きづらさを身をもって知る私には、あの吊し上げにあっているも当然な聖女がひどく気の毒に思えた。
長年それに浸りすっかり慣れてしまった私とは違って、あの聖女は……ただ突然この世界に連れてこられてしまった女性でしかない。
「しかし突然異国に連れてこられたにも関わらず文句も言わず、離宮でも皆の質問に答えていたそうじゃないか。私には出来ぬ事だ」
気がつけば聖女を庇うような発言が口から出ていた。実際私が彼女の立場だったならば、皆の質問に一々丁寧に答えなかっただろう。
私の発言が聞こえたのだろうか? 俯き加減だった彼女の目線は上がった。前をしっかり見据えたその黒の瞳が吸い込まれてしまいそうな程に綺麗で。……後で彼女の処遇を決める会議の時には、彼女を生かす方向で意見しようと決めた。
そして私は周りの貴族から何やら責められ始めるが、そんなのはどうでもいい。貴族と顔を合わせれば軽蔑されるのが日常だから、もはや慣れている。ただの環境音だ。私は、私が正しいと思っている事を実行しているだけ。
あぁ今日も煩い鳥達が騒いでいるな……くらいに思っていたのに。急に聖女はこちらに走ってきて、私を背に庇うようにしてこう言ったのだ。
「やめてください! 勉強するのは未来を掴むために大切な事でしょう!?」
……まさかこの女性は、背徳者と言われる自分と同じ考え方を持っているのか?
その私の考えを肯定するかのように、勉強は努力なくしては出来ないやら何やら叫んでいる彼女は……間違いなく勉学の道を知っている者だった。
そして彼女は「異端聖女」とのレッテルを貼られ、兵に連れて行かれてしまった。……私なんか放っておいたって、いつも通り貴族の輪の中から摘み出される程度で済んだだろうに。
……この後、彼女はどうなってしまうのか。
きっと聖典なんか関係なしに、彼女は火に焚べられてしまうだろう。何故ならば、聖女なんてものはまた召喚すればいいだけの話なのだから。聖典さえあれば、次に召喚した聖女にそれを読ませれば済む。わざわざ異端聖女を生かしておく理由は――無い。
そう考えると、急に恐怖が身を襲った。
――私は何故恐怖を感じた?
その答えは案外早くに導き出せた。そして気がつけば私はその場を後にして酒場に向かい、比較的高級な銘柄を3本購入。……そして、私が普段より使っている睡眠作用のある薬を混ぜ込んで、牢の見張りに差し入れた。
私が25年間生きてきて初めて欲した異端聖女と称されし女性は、驚くほど簡単に手の中に転がり落ちてきた。
将来が明るく輝くようにと願いを込め付けられた彼女の名。星が煌いて生物達の足元を照らすように、キラは私の日常を明るく照らす存在となった。
私が良しとして領民達に行なっている行為は、本当は間違っているのかもしれないと……不安に苛まれる事が減った。薬なんて無くとも夜眠れるようになり、私にとってキラはより一層特別な存在になった。
私が守らなければキラの身が危ない。それを理由にして、屋敷の中に都合よく閉じ込めて。二度と外になんて出すつもりは無かった。価値観の似通った2人でずっと一緒にいられればと……初めて得た煌めきを、私だけのものにしたかった。
だから隅々まで調べて、キラの事を何もかも理解したかったのだが……。
「私はそんな流れに流されてみたいな結婚、絶対にしませんからね!」
……キラの回答は、拒否だった。後からよく聞けばキラのいた世界では、勉学をすることが当然だという。私からすればキラは稀有な考えを持つ特別な女性だが、キラから見れば私はそうでは無かったのだろう。
私は、愛した人の特別にはなれなかった。
「恋愛とは難しいな」
私は悪辣の統治者なので、自分の領地に関する事は全て目を通す。現地に赴き自らの目で確認して指示を出す……まさに神の生き方に逆らう背徳者。だから日中は屋敷を出ており、キラと会うことは難しい。
ぽつりと不満をこぼした私に、執事のトーマスは大層驚いたような表情を見せたが「リヒト様がそんな事を言い出す日がくるとは。天地がひっくり返る日も近いでしょうね」と冗談を言うだけだった。私が欲しかったのは、冗談ではなく建設的な改善案なのだが。
毎日懸命にこの世界の文字を学び、毎晩私にあちらの世界の知識を授けてくれる。科学的な好奇心擽る知識だけではなく、キラが普段使っていた平仮名とかいう文字や、時には歌。またある時には歴史……といった具合に。
不思議とキラは家族の話をしなかったが、私も家族の話はしなかったので特段大きな違和感は感じなかった。
聖典とされし参考書とかいう本も惜しみなく見せてくれるし……キラは決して異端聖女なんかじゃない。私にとってはキラこそがまさしく聖女、いや女神にも等しかった。
だからこそ……私は迷っていた。
このままキラを元の世界へ帰す方法を探し続けるべきかどうかを。
「……それで、キラが帰る方法は見つかったか?」
全然別の書類に目を通しながら、執事のトーマスに話しかける。
幸いここはクルークハイト伯爵領。私が長年勧めてきた政策の甲斐あって、蔵書量は王宮並みの自負がある。外国語が堪能な使用人も複数おり、国外の書物にも手を出せる。そしてそれを集めるだけの資金も。
信頼した人間達に、キラに知られぬよう秘密裏に情報収集を任すことができた。だからこそ、時間はかかるかもしれないが、きっと帰る方法は見つかるはずだ。
――価値観が同じ人間が集まる世界にいた方が、キラは幸せだろう。
だから私はキラを手放すべきなんた。
「いいえ、まだ見つかっておりません。しかし1冊、隣国の聖女について書かれた古代の本が発見されまして。解読待ちの状態です」
――書いてあると良いな。
私はそう言おうと思って……取りやめる。
愛しているからこそ、手放すべき。
愛しているからこそ、一緒にいたい。
反発する心は私の意志を惑わせ続ける。
「恋愛とは難しいな」
再び同じ言葉を吐いた私を、執事のトーマスはどう思っただろうか。
「私は、リヒト様もキラ様も、幸せであれば良いと思っておりますよ。そして幸せの形は人それぞれです」
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