この国をもっと知りたい 5
「役立たずなんかじゃない」
「役立たずなんかじゃないわ」
リヒト様とメーティス様の声が重なった。
「キラが役立たずだと? ならばこの国の99%以上の人間が役立たずとして認定されてしまう。それでは役立たずの定義がおかしい。よって、それはキラの自身への認識が間違っているか、定義が間違っているかの二択だ」
「ええそうよ。それに、鉛の除去って今言ったわよね。キーちゃん……水質汚染の原因が分かってしまったのではなくて? それで解決方法がわからなくて困っている……とかでは無いの?」
メーティス様の言う通りだった。私は、原因が解っても何も行動できない自分に腹が立ち、悲観して、立ち止まってただ呆然としている状態だ。
「……きっと水に鉛が溶け出しています。それが無くなれば安全な水になるはずだけど、水から鉛を取り出す方法がわからなくて」
……ごめんなさい。と続ける私の両手を、メーティス様は椅子から立ち上がってぎゅっと握った。そして女神の微笑みでゆっくりと顔を横に振る。まるで、謝罪は不要だという様に。
「話が見えないのだが、鉛といえばヴァイゼ侯爵領にある鉱山の話だろうか」
流石のリヒト様は察しが良かった。そして「まさかあの水を飲めるようにしようと考えているのか?」と問うてくるので、小さく頷いた。
「私がいた世界にも、鉛による健康被害が報告されていて、どうにかしてそれを乗り越えてきたはずなんです。でもその方法がわからなくて……。学校で習わないことに関しては本当に知識が浅くて、それで自分に嫌悪を」
「嫌悪? しなくていい。キラの知識が浅いと言うならば、私の知識なんて紙のように薄い。メーティス姉上の知識なんて髪の毛程度の太さしか無いかも知れない」
「……リヒト?」
私を励まそうとしてくれているのは良いのだが、それがきっかけで姉弟喧嘩を始めるのは、お願いだからやめて下さい!
そんな私の願いが通じたのかどうかは分からないが、とりあえず喧嘩は発生せずに話が進む。
「とにかく、やはり目に見えない何かが混在していて……キラの見立てではそれが鉛であると? 確か私は昔メーティス姉上に、ならば鉱山を止めろと言ったはずだが、それは正しかったという訳か」
「鉛を採取している鉱山で、子供に影響が出やすい点を鑑みれば可能性が高いと思って。リヒト様の仰る通り、止めれるものなら、止めてしまった方が話は早いのかもしれません」
「でもね、目に見えない何かのせいで急に鉱山を止めるのも難しいのよ。だって鉱山で働いている人達の行き先とか……考えなければならない部分は多いわ」
……こっちを立てればあちらが立たず。
健康を害してしまう人がいるのはいけないが、その政策で仕事を失い路頭に迷う人が出るのも問題だ。鉱山を動かし続けながらも、汚染を食い止める何かが……あれば良いのだけど。
リヒト様が私を抱き上げたまま器用に身を屈めて、床に落としてしまった化学の参考書を手に取る。そしてしばらく何かを考え込んでいるようにして黙ると。……突然私を下ろして、どこかへ歩いて行ってしまった。
「……え?」
しかも私の化学の参考書はリヒト様が持ったままである。
あっけに取られていると、すぐにリヒト様は帰ってきた。そしてその手には私の化学の参考書以外のノートが増えている。
「キラ、ろ過はどうだ?」
「え? ろ過?」
「ロカ? 何かしらそれは」
メーティス様は知らなくて当然だろう。水中に含まれる不純物を取り除く手段の一つである。
そう言えば丁度一週間前の夜。私はリヒト様に教えたばかりだったのだ。……ろ過による綺麗な水の作り方を。しかも実験つきで。
これで突然野宿になってもなんとか暮らせるかもしれないと、わいわいと話したばかりだった。なるほど、それを思い出して、メモをとっているのであろうノートを部屋に取りに戻ったのか。
「泥水が綺麗になっただろう? あれと同じ事をすれば鉛は取り除けないのだろうか」
……分からない。もっと正確に言うならば、正当な方法でろ過できるならば取り除けるだろう。問題は何を使ってろ過すれば鉛が除去できるかがわからないのだ。あとそれ以上に大きな問題がある。
「きっと取り除けます。でも、この国には……取り除けたかどうかを確かめる手段がなくて、成功しているのかどうかが分からない」
結果を確認できないのであれば、上手くできたのかどうかが評価出来ないのは当たり前の事だ。やはり現状では姿見えない物質をどうにかしようとするのは無理なのだろうか。
「何もしないよりは、やった方が良いだろう。それで、鉛を含む様々な物質をろ過して綺麗にするには、何を使えばいい? 紙か、石か? それとも木か?」
「……え? えっと、ちょっと待って下さい」
私は必死に日本での生活を思い出していた。鉛に限定しなくとも、水を綺麗にするシステムで身近にあった物を順番に思い出してみよう。……塩素消毒に浄水場。微生物に……
「……浄水器。活性炭フィルター」
そういえば、水道の蛇口に取り付けるだけというお手軽で簡単なやつがあったことを思い出す。確かあれは活性炭をフィルターにするという商品だった。フィルターということは、仕組みはろ過と同じはず。確証はないけれども、もしかしたら……鉛だってある程度は取り除けるかもしれない。
しかし、これには問題がある。きっと科学が進歩していないこの国には活性炭なんて……
「活性炭でいいのか? ならば製造している領地から取り寄せよう」
「え? 活性炭あるんですか?」
「ロカが何かは知らないけど、活性炭は知っているわ。薬にもなるし、匂い取りにもなるやつよね?」
知らなかったが、もしかして活性炭って歴史ある物質だったのかな? それともたまたまこの国に存在していただけ? 分からないけど、この偶然に賭けてみようと思った。
「じゃあリヒト様。上手く出来るかは分からないけど、活性炭をたっくさん用意してくれますか?」
「キラの為ならばいくらでも」
「リヒト、さすがにこれはヴァイゼ侯爵領が自分で購入するわ」
確かに使うのはヴァイゼ侯爵領なのだから、メーティス様にお願いした方が良かったのかも知れない。
「いや、私が買おう。メーティス姉上がヴァイゼ侯爵を説得するよりも、私が買って姉上に押し付けた方が早い。それに……私ならば、急に活性炭を買い集め始めたって『また悪辣の統治者が何か変な事をしている』くらいで済む」
自ら進んで悪役をかって出た理由が、完全にメーティス様を初めヴァイゼ侯爵領の事を考えての事で。
……なんて不器用に優しい人なのだろう
私が悩んでいれば話を聞き、一緒に考え、足踏みする私の背を押して「やってみよう」と一緒に踏み出してくれる。
……私は、そんな優しいリヒト様が大好きだった。そんなリヒトだからこそ、愛してる。
そして私はそんな事ばかり考えていたので、この瞬間見逃したのである。
メーティス様がリヒト様に目配せして、リヒト様が小さく頷いた瞬間を。
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