活性炭フィルター作戦 1
そしてリヒト様は活性炭を爆買いした。
ええ……爆買いです。それ以外言いようがありません。
だって……
「あの、リヒト様。確かに、活性炭を沢山用意して欲しいと私は言いました。言いましたけどね?」
天井まで積み上げられた活性炭入りの袋。クルークハイト伯爵家の屋敷、大広間が埋まってしまい使用不可になってしまう程購入してくるなんて、誰が想像しただろうか。
あまり掃除の行き届いていない屋敷なので、なんだか埃も混じってしまいそうである。
「キラが私に初めてねだってくれた物だからな。嬉しくてつい沢山買ってしまった」
……しかも私のせいだという。これ、使いきれなかったらどうしたらいいんだろう。
「気にしなくとも大丈夫だ。クルークハイト領は貴族たちは皆気味悪がって近寄らぬ。だからここでパーティーを開く予定も今後無いし、使えなくとも問題ない」
「いやいや……あの、お金とか……」
もしかしてこっそりメーティス様と金銭のやり取りもおこなったのだろうか? こんなに買ったらきっとかなりの金額になったはず……
「お金? それは心配いらない。私は悪辣の統治者だからカネはあるんだ。そもそも活性炭なんて値が張る物では無い。それに……実はここにある活性炭はほんの一部で」
「……は?」
「歯ではない。活性炭だ」
……返すべき言葉が見つからなかった。
リヒト様にお願いをする時には、対象物と量、予算を明確にしなければならないと学んだ。今回は活性炭だったからまだ良かったものの、これを宝石とかでやられると……恐ろしい金額になる。
そしてこの量の活性炭を突然押し付けられたヴァイゼ侯爵領側で大騒ぎにならない訳がなく。……ヴァイゼ侯爵も含めて、活性炭フィルターでろ過作戦が話し合われる事となった。
私は聖女で身を狙われているという都合上、存在自体を隠しておかなければならないので参加できなかったが……リヒト様の発案ということにした上で、どのような器具を作り運用すれば良いか色々と入れ知恵をし、上手く事が運びつつあった。
「……では聖女キラ様は、元の世界に帰ってもご家族がいらっしゃらないのですか?」
「ううん。一応義理の家族はいるんだけどね……やっぱり、本当の家族じゃ無いせいかあまり好かれていなくって」
最近はやたらマリーちゃんに元の世界の話を聞かれるようになった。全然違った世界の話を聞けるのが楽しいのかな?
「じゃあ……ずっとここにいてくれたらいいのに。私、聖女キラ様の事、本当に家族のようだと思ってます。トーマスさんだって、リヒト様だって、きっとそう思っているはずです」
でも、そこはかとなく違和感も感じていた。何故か私が居なくなるのを想像して悲しんでいるような……私を引き止めたがっている言動が目立つ。
……でも、彼女の生い立ちを考えればしょうがないのかもしれない。
マリーちゃんは妹と、人身売買で突然離れ離れになったという。今が幸せに感じれば感じるほど、それが崩れ去る瞬間を想像し……怖くなってしまうというのは、理解できる。私だって……今突然リヒト様と離れ離れになってしまったらと考えると不安に駆られるし、恐怖に飲まれそうになる。
「マリーちゃん。心配しなくたって私はどこにも行かないから」
そう慰めていると、部屋のドアがノックなしで突然開いた。このリヒト様の部屋にノック無しで入ってくる人間は確認しなくとも1人しかいないので、振り向く前から声をかけ始める。
「リヒト様おかえりなさい」
以前は日中だけ仕事に出ていたリヒト様だが、最近は夜遅くに帰ってくることもある。……ヴァイゼ侯爵領での件で忙しいのだ。
……本当は私の発案なのに、何も出来ない。だからせめて忙しいリヒト様のフォローをしたかった。夜に新しい知識を講義して教えてあげる暇すらないので、せめて笑顔で出迎えて。夜間は彼の抱き枕と化すことで、よく眠れるようにしてあげたかった。
あ。勿論本当に健全な抱き枕ですよ? 行われるのは歯のチェックと……最近は唾液の確認くらいで。
え? あ――……そうですね、キスだけは沢山してます。
「ただいま。……キラが待っていてくれるだけで感じる疲労感が全く違うのは何故だろうか。以前教えてくれた……イオン? だったか、それの影響だろうか」
絶対に違うと思う。でもそれを説明し始めると休めなくなるので笑顔でスルーし問いかける。
「今日のヴァイゼ侯爵とのお話はどうでした?」
先程まで室内で一緒にいてくれたマリーちゃんが頭を下げてスッと部屋から退出していった。それを確認したリヒト様は着ていた上着を脱ぎながら話し出す。
「ヴァイゼ侯爵が、領地の利益になることならば何でも試してみたいというタイプで助かった。恐らく裏でメーティス姉上が手を回してくれているのであろうが……活版技術と抱き合わせで、活性炭による浄化を数年単位で試してみてくれる事が決定した」
「抱き合わせ?」
抱き合わせといえば、いらない商品をはけさせる為の手法ではないか。むしろヴァイゼ侯爵領には活性炭の方が重要に思えるのだが。
「そうだ。姉上の小説で利益を出していて出版業社との繋がりが強いヴァイゼ侯爵領は、活版技術は喉から手が出るほどに欲しい。対し活性炭は目に見えぬ未知の働きをする物で恐ろしさもあるだろう。だからセットにして強制的に押し付けた。侯爵も、どうせ使えぬ水なのだからダメ元で試してみると言ってくれている」
なるほど。本当にこちらの益は度外視して押し付けたという訳か。姉を思っての行動なのか、親切心なのか、単純に結果が知りたいという研究心なのかは分からないが……私の発案でリヒト様の私財を大幅に減らしてしまった事は本当に申し訳なかったと思っている。
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