絶対に嫌! 1
もう二度と帰ってきたくなかった土地。私が召喚され、訳もわからぬまま糾弾され、牢に入れられた。……そしてリヒト様と初めて出会った場所。
徐々に馬車が王宮に近づいていく様子に、思わずため息が出た。
「……それは何回目の溜め息だ?」
数えていないけど、多分108回目くらいでしょうかね? 何故って日本で煩悩の数と言われているから適当に。
無理矢理連れてこられた上に、この王子(仮)と一緒に馬車に乗っていても全く楽しくない。だから煩わしい悩みに思いを馳せるしかなくて、もう溜め息しか出ない。
リヒト様と一緒なら、馬車の中でも楽しく会話できたのにな。……もう会えないかもしれない想い人のことを考えると、さらにもう一つ溜め息が出た。
「フツウノ様はクルークハイト伯爵が好きなのか?」
……誰の事を言っているのかと思ったけど、私の事か。そういえばこの国ではリヒト様に会うまで名前を名乗らなかった為、「フツウノ・コウコウセイ」……普通の高校生が名前だと思われているのだった。
「好きだったけど、嫌いになりました」
嘘。大好き。……愛してる。
でも私から極力遠ざけなければ。異端聖女とされた私を積極的に匿っていたと公にされれば、どんな火の粉が彼に降りかかるか分からない。
「嫌いになった理由を聞いても?」
「……あの人、私の事を研究対象としか見ていなかったんです。異世界より召喚された聖女が人間なのかどうか気になったから、保護するという名目で囲われていただけ。実験室のネズミと一緒。私も、匿ってくれたから好きになっただけです」
違う。確かに調べ回られたけど、それだけが目的ではなかった。私を大切に想ってくれていたからこそ、保護し守ってくれていたの。
……でもこの王子(仮)に、実験室のネズミの例えは不向きだったか。きっと訳が分からなかったに違いない。
「へえ……私には随分と大事にされていたように見えたが? 使用人達には、伯爵の婚約者扱い。実際は愛されていたのでは?」
「だって、あの伯爵様変な人なんです。キスより歯の観察に興味があるんですよ? きっとご結婚出来なくて、ちょうどいい所に私がいたから……そういうことになっただけ」
自分で嘘をついているのに、自分の心がグサグサと刺し傷だらけになっていく。
違うって分かってる。リヒト様は愛する人の体だからこそ爪の先まで観察したい派閥の人だし、する気になれば結婚だって問題無く出来るはず。だって……あんなに優しかった。変な人なのに間違いはないけど、私には愛情深く接してくれた。
――だからこそ。私はリヒト様を遠ざなければ。
きっとリヒト様は私の裏切りを怒るだろう。でもいつか私の事は忘れて……誰かと幸せになってほしい。
「……は? 観察?」
「そうです、歯です」
「はあ……大層変わった趣味で。それは……さぞフツウノ様も大変だっただろう」
何故か王子(仮)に同情されてしまうし、皆決まったように同じ反応を返してくるのが少し面白い。まぁ私も同じ反応をしてしまったのですが。
「それで、王子様のお名前を教えていただけませんか? お呼びするのに困っているのですが」
いつまでも(仮)のままでは不便だし、声をかける際に困るので王子の名前を尋ねた。
本来なら王子の名前も知らないなんて!と処罰されそうなものだが、私は異世界の人間。知らなくたって許されるだろうし、殺されるのならあの燃え盛る炎の中に……という事だろうから、今ここで不敬だと切り捨てられはしないだろう。
「ああ、そういえばいまだに自己紹介していなかったのか。私の名はカリオン。この王国の第一王子だ」
カリオン……仮オン……(仮)と大差ない名前だなぁと、つい失礼な事を考えてしまう。名前が分かっても、私の頭の中ではずっと(仮)がついてきてしまうだろう。
「カリオン王子。それで、牢を逃げ出した私の今後の処遇は……やはり聖女占いの儀に使う生贄ですか?」
まわりくどく聞いても意味がないだろうから単刀直入に尋ねる。
「そうだな。貴女は聖典をこの世界にもたらした聖女。しかし本来の聖女の役目は占いの為の贄。しかも勉学を推奨した異端聖女となれば、生かして置いておく必要は無い」
予想通りの答えだった。
「……私が、カリオン王子が占いたい内容の答えを既に知っているとしても?」
ならば……と私はにっこり微笑んでカリオン様に問いかける。
いつぞやにリヒト様に対して悪女のように振る舞った時のように。あと……女神の微笑みを携えたメーティス様も参考にした。
二人の間に緊迫した空気が流れる。
リヒト様が、メーティス様が、あのクルークハイトの屋敷にいた使用人たちが教えてくれた、この国のさまざまな状況。それを突き合わせて自ら導き出した、私の召喚された意味。
……どうせ殺されるのなら、最後に悪あがきしよう。そして、私に良くしてくれた彼らに……極力迷惑のかからない形へ持っていきたい。
「誰にも教えた事はないはずだ。それを何故……?」
明らかにカリオン王子の表情に動揺が見られた。青い瞳が左右に振れ、目を逸らされる。
「私、答えを知っています。だから都合よくリヒト様やクルークハイト伯爵領の皆を利用して、ヴァイゼ侯爵領まで巻き込んで……公害を無くそうとしました。この国が勉学を拒否する理由を知りながらも、どうしても助けたくて知識を利用しました。活版技術は、目に見えぬ有害物質の知識を彼らに信じてもらう為の、分かりやすいエサです」
だから、どうか彼らの今からの行動は止めないであげてほしい。
失敗するかもしれないけど、上手くいけば多くの人達の命を救い、生活を大きく変える一歩になるのだから。……私がもたらした知識というだけで、迫害するような事はやめてほしい。勉学を拒絶するのは仕方がないが、それにより救えるかもしれない命がこぼれ落ちてしまうような事態は避けて欲しい。
「……フツウノ様は、私が貴女を召喚した理由が『公害を無くすため』だと考えているのか」
呼び名にまだ一瞬戸惑ってしまうが、もうここまできてしまうと訂正する気も起こらないのでそのままにしておく。
「違いますか? 鉛による水質汚染で困っている領地が沢山あり、領主達からも助けを求める声が届いている。現状私が召喚されるであろう国の危機といえばこれだろうと……ヴァイゼ侯爵領のメーティス様に教えていただき、私なりに考えた結果です。どうか彼らを止めないであげてください」
メーティス様の名前が出た瞬間に、カリオン王子の肩が大きく跳ねた。
……もしかすると、女性で小説家という職を持つメーティス様の事は良く思っていないのかもしれない。今後は名前を出さないようにしようと反省しながらカリオン王子の返事を待つ。
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