絶対に嫌! 2
カリオン王子は黙って俯いたままだった。そして待つこと3分後。カップ麺が出来てしまう程の……長い長い沈黙は、カリオン王子の予想外の発言により破られる。
「彼女、メーティス様は……何か言っていただろうか」
名前を出さないようにしようと思ったばかりなのに、何故かメーティス様の話題にされてしまう。
「何か、とは?」
「えっと……その、何かだ。例えば私の事とか……いいえ、そもそもどんな様子だったか聞いても?」
急に歯切れが悪くなった。確かリヒト様が苦手な羊を見た際に歯切れが悪くなっていた事を思い出す。
……もしかしてカリオン王子はメーティス様が苦手なのかな?
そう思って軽くその顔を覗き込んでみるが。……違った。
俯いたままのその頬はどこか上気したようで……熱でもあるのかという表情。……え?
「メーティス様は……汚染が無くなる可能性があるのならと、喜んでいました」
それを聞いてカリオン王子の表情はパッと明るくなる。それと同時に私の疑惑はほぼ確信に変わった。
「そうか、ではあの鉱山関連の何やら盛大に工事している件は許そう。既にやってしまったことは仕方ない。メーティス様がお喜びならば……」
……ひとまず、鉛の除去作戦についてはお許しをもらえたようなので一安心だ。
だが、しかし……このカリオン王子。間違いなく……
「カリオン王子は……その、メーティス様の事がお好きなのですね?」
ボンっと爆発音がしそうなくらい、カリオン王子の顔が赤くなった。上気どころの話ではなく、これではまるで沸騰だ。
そしてカリオン王子はそのまま固まってしまった。……加熱による凝固? そんなツッコミを心の中で入れながらも、状況を整理する。
――フツウノ様は、私が貴女を召喚した理由が『公害を無くすため』だと考えているのか
これが、私の考えに対するカリオン王子の唯一の返答だった。
……正解ならばこんな返答はするはずない。私が召喚された理由は別にある。
そしてそのままカリオン王子との話はメーティス様の事にシフトして行った。その流れで最終この状態である。……まさか、このカリオン王子……
「私を異世界より召喚した理由は『メーティス様』ですね?」
「……とても美しい人だ。この私が好意を抱くのも仕方がない。この想いは罪なのか? 違うだろう、美しき恋だ」
いや、良いとか悪いとかの問題ではないし……恋に酔っている感じが気持ち悪い……。
メーティス様が綺麗な人なのは否定しないし、想いを寄せるのはしょうがないのかもしれないけど、既婚者なのよ? なのにそれを美しき恋って……価値観が違いすぎる。
「待ってください。まさか私を火に焚べてまで占いたい事って『メーティス様と両思いになれるかどうか』だったりしますか?」
「まさか聖典にはこの私の気持ちまで記載されて……!? あぁ、この想いは神にも認められし正統な悩みだったのだ。それで、私は彼女と両思いになれるのだろう?」
あ……この人ダメだ。言っている事が異次元の人間だ。
リヒト様も変な人だったし、あの姉弟も話をしていて微妙にズレる人達だったが、このカリオン王子は異次元。同じ言葉を話すだけの宇宙人かもしれない。是非リヒト様に調査していただきたい。
多分、ここから常識に沿った話をしても分かり合えない人だろう。
まず恋占いしたさに異世界から聖女召喚するのが頭がおかしい。一人の人間の人生を狂わせるのよ? しかも、両思いになれる前提で話を進めようとしている。「両思いになれるかな?」だったら百歩譲って許したかもしれないけど……
「――無理、気持ち悪いッ!!」
この一言に尽きる。人に対して気持ち悪いなんて言っちゃ駄目なのは分かっているのだけど、ごめんなさい!
「馬車酔いか? 吐くならこの袋に」
そう言いながらカリオン王子は平然と袋を手渡してくるが……違うの!
私……国の重大な未来を占うために殺されるのならまだしも、花占いでもいいようなこんな理由で殺されるのなんて、嫌だからね!?
少し前までは、どうせ殺されるのなら最後に悪あがきしようとか、リヒト様たちに極力迷惑のかからない形にしたいとか考えていたけど。
……今の私はそんな事頭の中から吹き飛んでしまうくらいに、怒りに身を任せてしまっていた。
こんな王子に火に焚べられて殺されるだなんて、絶対に嫌!!
「嫌です降ろしてください! じゃないと馬車中に吐き散らかしてやるんだから!」
「え!? せめてメーティス様の私への気持ちを先に教えろ!」
「絶対に嫌!!」
◇◇◇
結論から言うと、馬車には吐きませんでした。
カリオン王子が気持ち悪いだけであって、嘔吐したいわけではないから当たり前だ。結局、あの後カリオン王子と言い合いになってしまって……
「そんな考えで1人の人間……聖女を殺そうとしてる王子なんて、メーティス様が好きになるわけないでしょ!? メーティス様は美しい女神なんだから!」
「こっちはあのメーティス様の弟だからと、背徳者のクルークハイト伯爵も野放しにしてやっているんだぞ! メーティス様はそれに感謝して、私を好きになるはずなんだ!」
リヒト様が悪とされる勉学を推奨しても無事でいられたのは、メーティス様がカリオン王子に懸想されている為だった……というまさかの新事実も発覚し。
王子と言い合いの大喧嘩なんてしてしまったから、私はまた牢屋送りにされてしまった。
いや、喧嘩しなくたって牢屋に入れられる予定だったのかもしれないけど。
「聖女様久しぶりだなぁ」
牢に入れられてしまった私に声をかけてきたのは、初めて牢に入った時にも話しかけてくれた看守のおじさんだった。お酒を飲んで寝てしまったがために私を逃してしまったおじさんは、何か罰せられたりしたのだろうか。そう考えると少し気まずかった。
「おじさんごめんなさい。前に……逃げちゃって」
「あぁ? ……別に構わねぇよ。酒、美味かったからな。分かって飲んでいるに決まってるだろ」
「え?」
どうやらあの時おじさんが飲んでいたお酒は……リヒト様が差し入れた物らしい。しかもかなり高級な物だったらしく、庶民ではとてもじゃないけど手が出せない物だとか。
「賄賂だよ。こっちも受け取った次点で了承しているんだから、聖女様が気にする事じゃねぇ。それより自分の身を気にしたらどうだ」
「私は……」
あんな王子に、あんな理由で贄にされるなんて絶対に嫌。
……嫌だけど。何も策はない。
「クルークハイト伯爵も、何度も同じ手は使えねぇだろう? すまないが、俺は聖女様に同情は出来ても、助けてはやれないぞ」
「大丈夫。おじさんにはもう既に1回助けてもらっているから……ありがとう」
考えなければ。私が一人でもできる方法で、リヒト様に迷惑がかからない方法を。
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