王子(仮) 1
それから数日後だった。マリーちゃんに文章の添削をしてもらっていると、何やら外が騒がしくなってきた。
自室とリヒト様の部屋以外は移動を禁じられているので、窓からこっそりと外の様子を伺う。……屋敷の外門に煌びやかな馬車が一台止まっているのが見えた。
「何だろう……」
「聖女キラ様、昼間ですから窓辺に寄るとお顔が見えてしまいます」
リヒト様の命令に忠実なマリーちゃんによって、部屋の中に引き戻されてしまう。そのマリーちゃんの表情がいつもより険しく見えて、少しだけ違和感を感じた。
……うん、私に何かあったら一緒にいたマリーちゃんが処罰されちゃうかもしれないからね。ムッとさせてしまっても仕方がないだろう。
「窓に近づいてごめんね。もう少し気をつけて暮らすようにするから。……それよりもマリーちゃん、この単語って何故発音通りの文字を書かないの?」
「あ……はい。えっとそれは、この国の歴史が関係していまして……」
馬車は気になるが、私が気にしても仕方がないので、引き続きマリーちゃんと勉強する。あまりにも気になるようだったら夜にリヒト様に聞けばきっと分かるだろう。
それよりも私は、なんとなくそわそわとした雰囲気のマリーちゃんの方が気になる。
……そう思いながら勉強して40分程。そろそろマリーちゃんも本業の洗濯場へ戻らなければならない時間になった時に、事件は起こった。
「――どうかお待ちください!」
廊下からトーマスさんの叫び声が聞こえる。誰かに静止を求めているようだが……?
「……聖女キラ様、そこのクローゼットの中に隠れてください。絶対に出ては駄目ですよ」
いつも落ち着いた老執事の荒げた声に違和感を感じていると、マリーちゃんがそう言って私の背中を押してクローゼットに入るよう告げる。
いつも穏やかなマリーちゃんらしくない様子で早く早くと急かすので、私は訳も分からず言われた通りクローゼットに入った。そしてマリーちゃんが素早くクローゼットの扉を閉める。
その瞬間、バンっと大きな音を立てて開かれたと思われる部屋の扉。
「異端聖女を出せ!」
――私!?
「こちらはリヒト様の婚約者様のお部屋です! ……聖女って誰ですか? 人違いです、お引き取り願います」
マリーちゃんの声は、震えていた。だがしっかりとその何者かに対して返答する。
まさか……ついに王宮からの追手に見つかってしまったのだろうか。
ならば先ほど見た煌びやかな馬車は、王宮の馬車? もしかして窓辺に顔を寄せたから、どこの部屋にいるのかまで知られてしまったの!?
あぁ……私がもっと早く気がついていれば。そうすれば……マリーちゃんが逃げるだけの時間があったのに。
しかし後悔してももう遅い。現にマリーちゃんはその追っ手と対面してしまっている。
「リヒト・クルークハイト伯爵の婚約届なんて提出されていない。しかもあんな変わり者……悪辣の統治者と結婚してあげようと思う女性なんてこの世にいるわけが無いだろう? こっちは、ここにいるのが異端聖女だと解って来ているんだ」
黙って聞いていればなんともムカつく奴だ。リヒト様は確かにかなりの変人ですけどね? 不器用だけど優しい素敵な人なの! 誰も結婚しないのなら私が「結婚します!」って挙手したいくらいには、格好良い人なの!
ムカムカとそんな事を考えていたけど。……そういえばこの声、どこかで聞いたことがあるような気がする。
「退け。どうせこの部屋のどこかにいるんだろう」
キャッというマリーちゃんの短い悲鳴が聞こえた。その声でドクリと心臓が跳ねる。
「王子! どうかお辞めください!」
静止を求めるトーマスさんの声もすぐ近くで聞こえる。何が起こっているのかと、クローゼットの扉の隙間から、必死で周囲の様子を確認した。
「聖女よ、聞こえているのだろう? 抵抗は辞めて私の元へ。さもなくば、この使用人は……」
マリーちゃんが金髪の男に捉えられ、脅すように首元に刃物を当てられている! しかもあの男、見覚えがある。私がこの世界に召喚されて初めに見た……確か王子(仮)だ!
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