勉強自体が『悪』?
聖典とされし化学の参考書を見もしないインチキ占い屋の長蛇の列ができなくなって、3日目のことだった。
「今日は聖女様の今後の扱いを決める会議がございます。爵位を持つ貴族全てが集まる重要な会議ですので、聖典を持ち出席するようにと、国王より命令が下りました」
私の部屋には、その命令を書いたという書状を持った兵達が押しかけてきた。
しかし私にはその文字が読めない。兵達から書状を奪ってひっくり返してみたり、裏返してみたりしたけど、全く読めない。日本語でも英語でも韓国語でもアラビア語でもない……見たことのない文字だ。
……どうしよう。
このままでは「やっぱり贄にしましょう!」なんて展開に成りかねない。
「……神は、私を不利益に扱おうものならばこの国の未来は覚悟しておくようにと申しております」
勿論嘘張ったりだが、この世界で私を守れるのは私しかいない。文字が読めず圧倒的に不利な状況で、私は本当に神と……聖典とされし化学の参考書に頼るしか無かった。
「そ……それでも王命は絶対でありますので! ひとまず会議の場までは来ていただくようになります、ご容赦ください」
兵達は私の言葉に少々怯んだようだが、彼らは私の扱いに対する決定権は持たない。しょうがないのでこの先に待ち構えているのであろう王やら王子(仮)らに訴えることにしよう。
そうして私は兵達に連れられて離宮を離れた。そしてこの先、私がこの離宮の地を再び踏むことは無かった。
◇◇◇
「あれが噂の聖女。ただの若い娘じゃないか」
「早く火に焚べた方がいいのではないのかのう? 元々そのために召喚したのじゃろ?」
「聖典が聖女がいないと解読できないらしい」
「お告げをとるか、聖典をとるか。悩ましいところでございますね」
「しかし聖女様は勉学の話をされただけでなく、人にそれを勧めるようなことを仰ったとか。恐ろしや」
いかにも貴族らしい人物達が大勢ざわざわと立ち話している部屋に連れてこられた私は、部屋の上手にあたる場所に立たされた。兵達に取り囲まれたまま、このままここで待機しているようにと……この場を仕切っているらしい貴族に命令される。
ざわざわ……ざわざわと、皆が私について話していて気味が悪い。
ただ立っているだけなのに、どうにも自分が見せ物小屋に入れたられた珍獣になってしまったかののような感覚になってしまう。
ペットとか……奴隷として売買されるってこういう感覚なのかな。
「勉学だと? そんな神への冒涜、聖女として失格だろう。気持ちが悪い」
「ですわよねぇ……神へと捧げられる身で、何という事でしょう。偽物の聖女では?」
私がただ黙って聞いている間にも徐々に話はエスカレートしていき、何故か勉強を批判する流れになっている。
勉強は決して卑しい行為ではない。自分を守り、自分を明るい未来へ導いてくれるものなのに……何故この人たちはそこまで勉学を嫌っているの?
「勉学なんぞ卑しい行為を行っているなんて異端聖女だ。召喚は失敗だったんだ!」
――あんたなんて失敗作の姉から生まれた失敗作だわ!
以前義母から言われた言葉を思い出した。
勉強自体は卑しい行為でもなんでもない。でも私は唯一頑張ってきたそれすら完璧に出来なかった、駄作。
……私は、突然やってきた異世界ですら失敗作だったと言われるのか
思わず顔を下に向け、ただただ投げつけられる心無い言葉に耐え続けるしかなかった。
「しかし突然異国に連れてこられたにも関わらず文句も言わず、離宮でも皆の質問に答えていたそうじゃないか。私には出来ぬ事だ」
投げつけられる石のような言葉の中に、一つだけ。石ではなく飴玉のような言葉があった。柔らかく包むような言葉ではないけど、振り返り噛み締めると甘さが滲み出るような言葉。
「……あらぁ、みっともない同士で庇い合いですか?」
「勉強なんてやっている冒涜者がなんでこの場にいるんだ」
「誰か! この勉強なんてしている男を放り出して!」
――私を励ます言葉を発言したばっかりに、責められている人がいる!?
俯いたままだった顔を上げて、その人がどこにいるのか探した。きっと人集りが出来ているあの場所だ!
そう思った瞬間には周りを取り囲む兵達を押し除けて、すでに足が駆けていた。
「やめてください! 勉強するのは未来を掴むために大切な事でしょう!?」
人混みを分け、目標人物の元まで辿り着き、その背の高い男性を庇うように背にして立つ。完全に後先考えずの行動だった。
「私を侮辱するのは結構ですけどね、この人は何もしてないでしょう! 勉強は努力無くしては出来ないの。その努力をそうやって貶すのは許せない!!」
そう叫んだ私を、周りの貴族達はまさに絶句したという表情で見ていた。
「……異端聖女だ。もうこの国はおしまいだ」
「もう私耐えられません! 誰かこの異端聖女をどうにかして!?」
「勉強が大事だと……? 神を冒涜する行為を大切と言いきる聖女だなんて、例え聖典が読めぬようになったとしても抹殺すべきだ」
私は、私の中の当たり前を述べただけだ。日本では私のこの考え方は決してマイナーでは無いと思う。
それでも。この場の人達には通じ合えなかった。
「どうして……?」
私の周りを兵達が再び取り囲み、今度はしっかりと両手を後ろに回され捉えられた。そしてこの室内から連れ出そうとしてくる。
「ちょっと待って! 離してッ」
そう言われて解放する兵なんている訳が無い。それでも私は部屋から引きずり出される前に、人だかりに向かって叫ぶ。
「その男の人に手出したら、この国の問題を解決する為の方法が書かれた聖典のページを破いて焼いてやるんだから!」
きっとこう言えば、あの人だけは無事で済むだろう。
私にはこの化学の参考書を盾にするしか、あの人を守ってあげる手段がなかった。……唯一私に飴玉のような言葉をくれたあの人だけは、酷い目に遭わないで欲しかったから。
「ほら、さっさと歩け!」
廊下に引きずり出されどこかへ向かって歩かされる。一瞬立ち止まって後方を確認するが、先ほどの男性が同じような目に遭っている様子はない。
いつの間にか後ろ手にかけられてしまった手錠がまさに罪人といった感じの私だが……そんな悪いことをしただろうか?
……そうだ、ここは異国。異世界なのだ。
日本では室内で靴を脱ぐが外国では脱がないように、価値観や考え方はその国によって違う。
もしかして、この国。
……勉強の話をすること自体が悪なの?
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