万物の理? 化学の参考書ですが

 この国の基準は神様だ。世界は神が創造したもので、その神の姿に倣って生きるのが尊い生き方とされる。


 そしてその神が作りし人間は、国の危機が訪れし時『聖なる火』に『聖女』を焚べて占いを行うらしい。


 



「その聖女が、私という訳ね」




 王宮の中の離宮とかいう場所に閉じ込められて早7日目。その間にこの離宮を出入りする使用人らしき人物達を片っ端から捕まえ、私はできる限りの情報を集めた。

 


 私があの場ですぐに火に焚べられなかったのは、化学の参考書が聖典とみなされたから。召喚されし聖女がもたらす聖典は、この国に幸福をもたらすと言い伝えられているらしい。

 その為、聖典を読むことが出来る私を火に焚べることは躊躇われるという判断になったようだ。

 


 参考書は受験生を助ける存在だけど、まさか本当に命救われるだなんて、思ってもみなかった。




 他に分かった事としては……

 

 まずこの離宮は王の側室達が暮らす為の場所で、沢山の美しい女性達が住んでいる事。

 中世の西洋をモデルにしたかのような雰囲気だが、言語は問題なく通じ合える事。

 しかしなぜかこの国の文字は読めない事。



 そして、元の世界……日本に帰れる気配は無い事。



 日本よりも綺麗に星々が煌めく夜空を、愁を帯びた気持ちで見上げた日もあった。

 私は化学の参考書を顔の上に乗せて仮眠しただけだったのに、どうしてこのような目に遭わなければならないのか。

 


 ……それでも、日本にはきっと私が居なくなっても悲しむ人はいない。


 それが余計に悲しかった。





 

 そんな状態の中。1人、また1人と私を訪ねてくる人々がいた。



「聖女様ー! 神様は、私のドレスは何色が似合うと言っていますか?」

「黄色ですね。もしくはオレンジか」

 


「聖女様、聖典には私の歌について何か記されていますか?」

「はい、恋の歌を歌うと良いそうです」



「ねぇねぇ聖女様、明日のお天気は?」

「え……半分くらいの確率で晴れます! 恐らく……」



 最終的に、離宮で私の居場所として割り当てられた部屋には、長蛇の列が出来るようになってしまった。

 暇を持て余した側室の美しい女性達に、この離宮の使用人。はたまた警備の兵など様々な役職の人物が私を目当てに集まってくるようになったのだ。


 ……いや、違う。私じゃなくて『聖典』目当てで。



「なぜ私がこれほど美しいのか、お分かりになるかしら?」

「……魂がお美しいので、外面までそれが滲み出ているから、です!」



 どうやら聖典とは『万物の理』が記載してある書物のことで、それを読めば全てが解る=何の質問にも答えられるという構図らしい。

 そういえば王子(仮)も万物の理がどうのこうの言っていた。

 

 しかし書いてないから分からないと言う訳にはいかないのだ。私は聖典を読める存在だからこそ、死を免れたのだから。

 


 そんなの化学の参考書に書いてあるわけないじゃない! というツッコミは自らの心の中だけに留めておいて、気に入られそうな返答をする。


 ……ただそれだけの事。

 


「あらまぁ聖女様はやっぱり本物のようねぇ! うふふ、ありがとうまた来るわ」



 私の解答が気に入ってご機嫌で帰って行くなんか綺麗な人……多分側室の誰かを手を振って見送る。

 


 これでは水晶やタロットが化学の参考書になっただけの、ひどいインチキ占い屋だ。ローブとドレスを合わせたような魔術師のようなドレスを支給されているので、格好も占い師にちょうどいい。

 ちなみにふわモコ部屋着は足が見えて不適切ということなので、取り上げられてしまった。



「聖女様。先程から一切聖典を見ずに答えてますが、本当にそう書いてあるのですか?」

「と、当然! 聖典の中身は全て覚えているから大丈夫よ」



 完全に覚えていれば化学の試験の点数がもうちょっと良くてもいいはずなんですけどね。と、心の中でセルフツッコミしながら答える。

 


「聖女様、このネックレスは死んだ祖母の形見なのですが黒ずんでしまって。聖女様の力で何とかなりませんか?」



 順番が回って来た可憐な令嬢が私の目の前に差し出したのは、銀色のチェーンが黒く変色してしまったネックレスだった。

 私は便利屋じゃ無いんだけど? と思いながらもこの質問には同情できるので親身に答えることにする。



「それって銀製……? だったらアルミホイルと重曹を入れた水にネックレスを一緒に浸けるといいかもしれません。還元反応で綺麗になるから」



 うん、ちゃんと化学の参考書に書いてあるバッチリな回答だった! と自信満々に答えたのだが。



 ――こちらに向けられる冷ややかな視線。



「え? ……もしかしてこの世界アルミホイル無いの? じゃあアルミホイルじゃなくてアルミ製の鍋でもいいけど」



 中世の西洋文化ってまだアルミホイルないんだっけ?

 そもそもアルミっていつの時代に開発された物なの?



 日本では簡単にネット検索できるようなことがわからずに悩んでいると、その令嬢がこちらに向かってネックレスを投げ付けてきた。

 おばあちゃんの形見なのに!?



「……はしたないですわ! そんな事、私にはとても出来ません。聖女様にはがっかりしました」

「は?」



 そのまま去っていく令嬢。

 何が下品なのか、全く意味がわからない。もしかしてこの世界、アルミホイルっていう別の言葉が存在するのだろうか? だってその証拠に、立ち去っていった令嬢の後ろに並んでいた別の令嬢まで変な顔をしている。



「え、ちょっと! 形見のネックレスは!?」

 


 令嬢は私の呼びかけにも振り向かずに全力で走り去ってしまった。

 ……とりあえず投げ付けられたネックレスは脇に置いておいて、列に並んでいた次の番の人に話しかける。



「えっと、じゃあ次の方どうぞ?」

「あぁー……やっぱりいいです。帰ります」



 後に続いてゾロゾロと列から離れていく人たち。そしてあっという間に私の前の長蛇の列は消え去った。列に唯一残った王宮の侍女らしき人物に声をかける。



「私、そんな問題発言しちゃったの?」

「そうですね、今の発言は問題です。それよりも、明日の王宮の朝食メニューは何がいいと思いますか?」



 それくらい自分で考えなよ……と思いつつ、つい『シリアルと牛乳』なんて答えてしまい、それが何なのかを侍女に追求されることになるのだった。

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